生きとし生けるものが寝静まる闇夜――。
とある屋敷の豪奢な天蓋付きのベッドには、うら若き乙女が静かに寝息を立てていた。
開け放たれた窓からは、月明かりとともに涼やかな風を、乙女の寝室に運んでいた。
ふわ…ふぁさああああ……
僅かな衣擦れの音と共に、邪な影が、乙女の傍に忍び寄る。
襟を立てた、漆黒のマント姿の紳士。その裏打ちは血のように紅く。
瞳は深紅の宝石のごとく。口元には、おぞましい牙。
不死の王、吸血鬼が、贄を求めて降り立ったのだった。
ふぁさり、ふぁさり…ばさあぁぁぁぁぁぁぁ……!
黒き影がゆっくりと動き、マントを一杯に広げる…!
乙女を照らしていた月明かりは遮られ…その美しき肌が、影に溶けていく。
1歩、また1歩と、マントを広げた吸血鬼が、乙女へと歩を進める。
そして…
ふぁさぁぁぁぁぁぁぁぁ…
吸血鬼は愛おしそうに、乙女の肢体をマントで撫ぜ、掛け布のように包み込むと…
乙女の首筋めがけて、鋭い牙を――ぐさり。
『きゃああああああああああああああああ!!』
――破廉恥な。なんて破廉恥な。
ぼたぼた垂れてくる鼻血を拭いながら、ヴァンパイア・ローゼマリーはyoutubeのシークバーを何べんも戻しては、乙女がマントに包まれ吸血されてしまう、耽美なシーンに魅入っていた。
魔力とは縁遠い現代日本に、突如魔界のゲートが開いて早数年。
夫見つけ放題、同族にできそうな女性もわんさか、これはよりどりみどり侵略し放題!と嬉々として日本へと飛び込んでいった魔王軍であったが、とある文化を見せつけられてからは、魔物化し放題の即時侵略を取りやめ、人間達に対して畏敬の念をもって接するようになっていった。
そう、わが国が世界に誇るHentai文化である。
きっかけは先遣隊の筆頭であったサキュバスが、手近な男をひっかけて美術館にデートに出かけたときであった。
さて今夜はお楽しみ…と適当に見て回っていた彼女の目に、とんでもない絵が飛び込んできた。
それは、葛飾北斎(当時名:鉄棒ぬらぬら)の雌蛸×乙女の背徳的な交わり――『蛸と海女』であった。
サキュバスは卒倒した。そしてときめいた。
なんということでしょう。私たちに出会う前から、こんなにも素晴らしい魔物芸術が花開いていたとは!
しかもこれは、人の身では決して魔物にはなることはできない…その絶望から生じた、狂おしいまでの私たちへの憧憬を原動力とした芸術だったとは!(筆者注:北斎はそんなこと言ってません)
――この日を境に、魔物娘達は人間による魔物芸術に傾倒し始める。古今東西、出るわ出るわ、吸血鬼の悲恋譚やら異種婚姻譚やら、実際の交わりに勝るとも劣らぬ、(魔物娘達にとっては)刺激的で新鮮な描写の数々。
もし、さくさくと侵略していたら。魔物化を推進していたら。
この素晴らしい芸術の数々はもう生み出されなくなるかもしれない。
魔王軍の決断は早かった。表だった即時侵略は中止し、じわじわと時間をかけて、人間達を魔物にしていく。もともと人間は魔物に憧れていたのだ、ゆっくりとで良い。
そして何としても文化交流だ。
この素晴らしき魔物芸術を!!
本国へ!!
逆輸入する!!
※でも魔物娘的に刺激が強すぎるから、人間ルールに則って18歳未満禁止とします!(本音:禁止による背徳感がまた良きスパイスになるのよ)
閑話休題。そんな訳で、ヴァンパイア・ローゼマリーである。
魔界からの留学生として都内の高校に在籍し、現在生徒会長を務めている彼女のスマホに、吸血鬼モノのホラー映画のURLが次々と送られてきているのだった。
「どーですか会長、今回のやつ。なかなか良かったでしょえへへ」
「お主は何を考えておるのだ夜明(よあけ)! こんな真っ昼間からあんな…あんな破廉恥なものをよこすなんて! はしたない! あれは高校生禁止だろう!?」
「どうもこうも、人間にとっちゃただのホラー映画ですし。あれの何にそんなにドキドキさせられたんですかね〜」
「この、お主わかっててっ……!? 大体何でお主はあれをみて正気を保てる!? 同じ吸血鬼のはずなのに…」
「そりゃ私、魔界出身じゃなくて、この日本に元からいた地元民吸血鬼ですし。あんなの子供の頃からみてますよ? ほら鼻血拭いて」
「し、信じられない…」
放課後の生徒会室。業務もそこそこに、生徒会副会長の夜明結生(ゆい)はスマホを弄り、うぶな魔物娘生徒会長をからかうのが日課になっていた。
「お主、いつか魔界出身者に手痛いしっぺ返しを食らうぞ。マジで食らうぞ。いいから満面の笑みを浮かべていないで変なリンクを送るのをやめ」
「あ、手が滑って送っちゃいました〜! といっ
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