富くじに名前を書く。ただそれだけである。
金を払ってくじを買うだけではなく、控札と受取札の二枚一組の紙に名前を書き、抽籤で当たった上で筆跡を透かして調べる。不正をより厳粛に取り締まるための、最近導入された売り手側の苦肉の策だ。
元来、神社の祭りにあってはならない販売所なのだが、祭りの喧騒の中そのことについてあえて異を唱える者はおらず、故にその販売所の由縁も押して知るべし。
「ふむ。あの紙切れが金になるのか」
「ああ。当たりゃあな」
「楽じゃな。買えばよかろ」
「ああ」
次郎はさっきから手であごをさすりながらなにやら真剣な眼差しで販売所を眺め、いっこうにくじを買う気配がなかった。
順番でも待っているのかなにか次郎なりの気循でもあるのか、それとも如何わしい方法で購入するすべを考えているのか。ミヅチは傍らに寄り添って様子を見ていたが、半時ほども販売所の前を行ったり来たり。痺れを切らしたミヅチに言われるがまま、まるで餌付けのように屋台の食い物を買い与えているのだが、どことなく上の空でいったいどのくらい財布から金が飛び立っているのか分かっているのかあやしい。
神社の祭りといっても今日は簡素なもので、肝心要の神社からの催しは少なく参道の両脇にずらりと並んだ屋台で食って飲んで遊んで回るだけである。それでも数少ない娯楽の一つであるわけだから、町人はついつい財布の紐が緩みがちになってしまうし、屋台のおやじ共はここぞとばかりに商魂逞しく稼ぎに走る。まだまだ宵の口、増えていく参拝客に賑々しい雰囲気で満たされているが、もう一刻もすれば酔客同士の喧嘩や盛った若者たちの逢引が見られることだろう。
肩と肩がすれすれでぶつからないくらいの、これだけの人混みの中にあって、次郎と龍であるミヅチは堂々と祭りに参加していた。仮装祭りでもなければ人が踊らせる龍の張りぼての中にミヅチが入っているのでもない。いたって普通の祭りである。
「まだかの。次郎」
「もうちょっと待てって」
そう声をかけられた女には二本の足がある。艶やかな長髪は焚き火の光を吸い込む黒色で瞳の色も同じくし、高級織布のお色気むらむら仕立ての着物ではない地味な鳶色で仕立ての悪い安物を着ている。誰であろうミヅチが、である。
似姿。ミヅチほどの位になると自力で人の姿に化けることは雑作もない。変化に特化した一部の妖怪を除き似姿を取るのは余程の神通力と才が必要になる。妖怪自身の力ではなく呪符や呪具などを媒介した変化の法もあるが、それらを作るにもかかる労力は生半なものではなく、利用できる機会は少ない。
たかだか足が生えて角が消え髪と瞳が黒くなった程度、ミヅチの佳麗さは変わることはない。それどころか艶めかく匂い立つような女体は男たちの十目を集め、地味な安着物さえ引き立てる落ち着き払った佇まいは同姓すらも引き寄せる。
かくしてミヅチは人と暮らすための一番の障壁をなんなく飛び越え次郎とぼろ屋に住めている。概ね妖怪たちは人の間には住処は作らず、種族間の集団性が薄い者たちも多い。また妖怪たちへの偏見も根強いので今のミヅチのように人の中で暮らすには変化の術が必要だ。ミヅチが次郎の袖を強く引く。
「いい加減にせんか。買うのか買わんのかはっきりせい」
ミヅチは長くて太くて黄色い穀物を、口の端に食べかすが付いているのも気にせずむしゃむしゃしている。いまいち威厳がない。だがその言葉にようやく背中を押されたのか次郎はぎこちなく頷いた。
「う、うむ。買うぞ」
「はぁ。まったく訳のわからぬところで決断力がないのう。しかしこの焼いた南蛮黍という物は旨いな」
ちなみにミヅチはこの前に烏賊焼き飯と、西の地域から旅行ついでに遠征してきたという屋台の、小麦粉に野菜を混ぜて練った味噌焼きをやっつけていた。とても旨かった。屋台のおやじたちはミヅチを見るなり安くしてくれたり量をおまけしてくれたりしてそれはもう優しかった。食いかけを次郎に分けていたが次郎はやはりよく覚えていないようだ。それだけ何に心を奪われているのかそんなに富くじとは熟考を必要とするものなのか妾を放っておくほどに云々。
次郎は販売所に並ぶ人の合間に入り、おやじに小銭を払うと、年号月日、証文、くじ番号の書かれた二枚一組の札と墨の付いた筆を渡されて次郎の動きが止まる。ここまで来て固まる。
手持ち無沙汰になったミヅチがひょこっと次郎の肩越しに前を覗くと、まず札売りのおやじの困り顔と目が合う、次いで下を見ると次郎は筆を持つ手をぷるぷると震わせて札に穴が開くのではないかと思えるほどのにらめっこをしていた。
ひょっとして、
「次郎は字が書けんのか?」
だんまり。
「のう」
「うるせーな。ちょっと待ってろ。今思い出してるんだよ」
ミヅチをちらとも振り向かず、声がいつにな
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