第一話 龍と食べる

 次郎は文字通り平民の次男として生まれた。家柄はとても裕福とは言えないものではあったが、幼い頃から近所の手伝いを始めに、成長し男子としてそれなりの力を付けていくに合わせて汗を流せば食うに困ることはないといった生活だった。
 おりしも先の大戦を終えたばかりのこの時勢、そこかしこでいざこざが起こって当たり前で次郎もまた男子なりに一旗上げてやろうと鼻息荒く意気込み、稼ぎ手が一人減ることに滅法親を困らせたがそこは次男の強みで生まれ故郷を離れた。よく名も知らぬ有力者の元でおっかなびっくり槍を突き出し握り飯を食うような、危険な目にあいつつもまだ死とはかけ離れた夢の毎日を送っていた。
 そんな少年の日々を、仕える主を鞍替えしつつ送り十年。運良くまだ生きていた次郎はすっかり体格に恵まれ精悍な顔つきになり、そこかしこに切り傷刺し傷をこしらえて仲間内では比較的実力を認められるほどにはなった。また今はどこにも仕えてはいない。
 大きな戦を二つ生き残り、小さな小競り合いは二年目で数えるのが面倒になった。世情は次郎が家を出た頃に比べれば幾分か落ち着いてはいるものの、やれ下克上だやれ一揆だ、やれ妖怪の討伐だと力自慢の傭兵に仕事を欠くことはなかった。

 つまり、次郎は人を殺したことはあるし、妖怪も殺したことがある。

 人の諍いは言うに及ばず、人に仇なす妖怪は滅多にいないが、滅多にはいるのである。
 あれは初めての妖怪討伐に震えていた前夜、村の半分ボケたジジイから聞いたところによると妖怪たちは人を愛する者たちだという。じゃあ妖怪に遭遇したと思われる人々が帰って来ないのは何故かと問いただすと、その妖怪に故意か無意識に魅了され少なくともその者は幸せに暮らしているはずだという。そんな馬鹿げた話があるか、俺は妖怪に会ったことはないが実際に以前討伐に行った者たちがほとんど帰って来ずに、泣き伏せる親女房やガキ共を見ている。害にもならない悪戯をするだけの妖怪も居るって言うが、妖怪が人を愛してるならどうして人を悲しませるようなことをする? ありゃあ当然喰ってるに違いない。妖怪全部がそうじゃないにしても少なくともそういう人と相容れない奴らはいる。次郎はあと数刻もすれば自分が相対する妖怪に、会う前から負けないように自らを鼓舞する。ジジイは言う。お前が明日会う妖怪が問答無用で襲ってくるような者であれば、それは「古い者たちだ」と。
「ともすれば人を喰うような者たちであったほうが、あの娘らもまだ幸せであったかもしれん」
 そう、ジジイは言った。
 人がボケる瞬間を初めて見た。次郎はジジイの家族に知らせてやろうかと思ったがそもそもこのジジイの家を知らない。
「わしもそうだったんだ。あやつに老いて死ぬ様を見せたくなんだ。逃げ出したがな」
 ボケジジイのたわ言だ。
 そのたわ言はやはりたわ言でしかなかった。その翌日の夕方。こちらは数にして武器を持った大男が二十人。対する妖怪は小柄な半獣半人一匹。全身を犬のような毛で覆われ体躯は人のようにも見えるが人よりも四肢で走ることに適するように歪な形で安定している。
 こいつに性別があるのか分からないがまるで少女のような顔を引きつらせて次郎たちを威嚇している。
 妖怪たちは人のそばにいる。そばといっても長屋の隣部屋で五人組をしているわけではない。ずっとずっと昔から人と共にあったそうだ。だがそうそう見かけることはない。臆病だからだとか人よりオツムの中身が良くて人を相手にしないからだとか言われている。風の噂に聞く異国の教団とかいういかがわしい集団は、妖怪こそは闇で人を喰い殺す人の天敵であると言っている。次郎もこの目の前の妖怪を見る前からなんとなくそうなんじゃないかなーとは思っていたが、実際に見てからだとやはりそうなんだと思えてきた。

 事実としては、妖怪による人攫いはわりとよく聞く。
 事実としては、妖怪が殺したという人の死体は二度しか見たことがない。
 まだ二十半ばに届かなかった次郎だが、それなりの数の戦場を駆け巡り、それなりの地域を訪れ、それなりの数の人に接してきた。
 だが事実としては、そうである。

「おいなにやってる!」
 ジジイのたわ言が次郎に余計な考えを働かせ、ふと気づくと妖怪が目と鼻の先に大口を開けて迫っていた。刀を振り上げる暇も無くぐっと身を逸らして噛み付きをギリギリで避ける。得体の知れない死に肌が触れた。その次郎と妖怪のギリギリの隙間に誰かが棍を突っ込んできて俊足の妖怪がごり押しで跳ね除けられ見た目どおりの犬のような悲鳴を上げて背中から落ちる。そこからは切った張ったの、大捕り物とは言いがたい虐殺だ。それは仕方がない。こいつも既に人を四人喰っていた。こいつが死ぬまでにこちらの手勢が二人死んだ。
 人だろうがただの獣だろうが、人を襲う
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