頭上から容赦ない夏の蝉の声が全身に突き刺さる
絶え間なく熱線を発しているコンクリートの道に辟易しながら、俺はフラフラと我が家を目指して走っていた
ひさびさの仕事休みだし、どこかに出かけないともったいないとテンションに任せてランニングに出たのが失敗だった
楽しかったのは朝方の行きのみで、たった今帰り道の最中の熱地獄の中を苦しむことになっている
あまりの暑さに喉の渇きが限界を訴える、多少微熱っぽさもあるので典型的な熱中症初期症状だろう
持ってきたペットボトルはとうに底をつき、ジョギングですらないよろよろとした動きで水分を確保できる場を探し回っている
が、こんな中途半端な田舎の不条理なのか、こんな時に限って辺りに自販機が見つからない
公園の水飲み場という手も考えたが、ここからはかなりの距離だ
ここから向かうくらいなら家に帰った方がまだ近いだろう
イヤホンから流れてくるラジオは、まるで他人事のように熱中症の増加を警告する話題で盛り上がっている
こちとら現在進行形でぶっ倒れそうなのに…天気予報をちゃんとチェックしておけばよかった
足を蹴りだすたびに起きるわずかな風だけが今の救いである
―――というか、そろそろまずいな…目の端がチカチカしてきた…
チリン…チリン…
そんな朦朧とした意識の中、イヤホンをしているはずの耳にやけにはっきりとした涼しげな音が響いてきた
ふと辺りを見渡すと、コンクリートが砕けている古ぼけた脇道が視界に入る
人気がなく街灯もない、車が一台通れるかどうかの細い路地だった
そこには小さなリアカーの屋台が、青い布に紺色の文字で「根鈴巣」と書かれた小さなのぼりを掲げて止まっていた
のぼりの横には薄藍色の風鈴が僅かにゆらゆらと揺れながら音を奏でている
―――こんなところに屋台?祭りでもないのに?てか根鈴巣ってなんだ?
ある意味自販機よりも奇跡的なめぐり合わせ、テレビや漫画で見たことはあるが実際に目にするのは初めてだ
怪しさを醸し出すその屋台を訝しむも、俺はそのまま屋台に近づく
正直に言うとあまり近づきたくないのだが文句など言っていられない、何事にも緊急事態というものは存在する、いつ倒れるかわからない状況で近くに飲み物の調達ができそうなところもないのだから仕方ない
音の正体である風鈴をチラ見する、さっきは妙にはっきり聞こえたが…気のせいだろうか?
俺はポケットから財布を取り出す、ラムネ一本くらいを買う小銭はあるはずだ
屋台の脇には麦藁帽子を深く被る小柄な屋台主が黒いビールコンテナに腰掛けていた
細身だが全身を白いつなぎで覆っているため性別は分からない、この猛暑の中でその姿は屋台をさらに怪しげに彩る
俺は警戒心を抱きつつも、目の前でキラキラと太陽を反射する氷水の容器の魅力に逆らえず、おどおどと口を開く
「す…すいません、やってますか?ラムネを一つ…」
屋台主はこちらに気づくと黙って立ち上がり、氷水の中のラムネをとり出し手元のタオルで拭う
『ラムネ200円』
そう書かれた張り紙を指さし、屋台主は手のひらを空へ向けてこちらに差し出す
一言くらいしゃべったらどうなのだ、と俺は不満と疑念を抑えつつ財布を開けて二枚のコインを手渡す、相変わらず麦わらの鍔は深く、俺に彼女の顔を見せることを許さない
屋台主はコインをつなぎのポケットに押し込むと、屋台から凸型の栓抜きを取り、蓋になったビー玉を容器にコトンと落とす
不愛想な屋台主の雰囲気と炭酸の抜ける軽快な音の組み合わせがやけに不釣り合いでかみ合わない
受け取ったラムネにはラベルが貼られていなかった、透き通る紺碧のビンだけが汗ばんだ俺の顔を歪めて写しているのみだ
ますます怪しい、最近はメーカーが分かるようにラベルははがさないもんだろう…
だが、拭いきれない不信感も飲み口から漏れるラムネの冷気によって意識の端に押し込められてしまう
まぁいい、今はこの渇きを何とかすることが最優先だ、いただきます―――
俺はそう無理やり納得してそのままビンを口に運ぶ
飲み口からラムネがシュワシュワと音を立ててのどを潤す
…はずだった
飲み口を口につける瞬間、大量の水が弾けるように吹き出してきた
とてもあのビンの中に納まっていたとは思えないほどの水がビンから俺の顔に直撃する
俺はよろけて思わずビンを手から離そうとする、が吸い付いたように手のひらからビンは離れなかった
狼狽する俺をよそに水の勢いは止まらないどころか勢いを増し続ける、次から次へと溢れ出す水は俺の身体を濡らし、そして足元から辺りの景色を下から覆い尽くす
俺の
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