SideV

「う、痛っ……」

 右の顔面に腫れ上がるように広がる痛み。
 それと背中に走る、肩凝りに似たジワリとした鈍い痛み。
 二つの苦痛が重なり合い、僕の意識が浮かび上がる。

 それらと共に、僕はゆっくりと目を開けていく。
 すると途端に、寝起きには眩しすぎる光が飛び込んできた。
 ステージの月の淡い照明とはまるで違う、強烈で無感情な光に僕はつい眉をしかめてしまう。

 だがそれも、しばらくすると慣れ始め、ぼんやりとした視界も徐々に開けていく。
 やがて白い天上が目の前に現れると、後頭部から背中にかけて伝わってくる違和感に気がつく。僕の身体は何かの上に仰向けに寝かされているようだった。
 
 僕は横になったまま、目をスライドさせて辺りを見回してみる。
 
「ここは……?」

 どこにでもある、いわゆる一般的な楽屋というやつだった。
 天井と他四面が全て真っ白な壁で覆われた空間、その中の一面には同じく白色のカウンター席と数枚の化粧鏡が設置されている。鏡の上には月のように丸い蛍光灯が力強く無機質に灯っている。
 さっきの光の正体はこれだったのか。普段仕事場でも似たような光を浴びているはずなのに、何故だか妙な嫌悪感がある。
 蛍光灯の光とはこんなにも瞳に優しくないものだっただろうか。

 僕は、楽屋にある灰色の椅子を複数並べて作られた簡易的なベッドの上で横になっていた。背中の下に一定の間隔で、妙な隙間があるのを感じる。

 僕は身体をモゾモゾと揺らして、やおら身体を起こそうとする。

 しかし、それは思う通りにはいかなかった。
 身体を起こす途中で抵抗感があり、寝かされた椅子から離れられないのだ。

 その時になってようやく、僕は自分の身体の非常事態に気がつく。僕の両手首と右足には、それぞれ手錠が填められて、それが椅子にくくりつけられていた。

「目が覚めたか?」

 やけに軽快な印象の声が聞こえて、僕はそちらを向く。
 そこには針ネズミのように四方八方に尖った金髪の女性がこちらを覗き込むようにして、僕のすぐ近くの椅子に立っていた。

「店の方針でな。不審者には容赦しねぇことにしている」
 
 針ネズミ頭の女性は男勝りな口調でそう告げると、僕の右足についた手錠を軽く蹴る。
 彼女のその脚はもはや当然のように、人間のそれではなかった。
 足は猛禽類のそれに似た形状をしていて、ゴツゴツとした頑丈そうな鱗が足先から太ももにまで敷き詰められている。つま先には研いだナイフのように鉛色に輝く鉤爪があり、その先端はこちらに向けられている。きっと僕程度の身体の肉なら、やすやすと引き裂けるであろう。
 特徴は足だけではない。彼女の両腕もまたそうだった。
 彼女の腕の付け根の辺りから先は、大きく迫力のある鳥の翼になっていた。全体的に刺々しいそのフォルムは、彼女が好戦的な性格であることをこれでもかと物語っている。

「これでも大事にならねぇように足加減したつもりだったんだけどな。サンダーバードの私が相手だとはいえ、兄ちゃんもう少し身体鍛えた方がいいぜ?」

 僕は何も言わずにサンダーバードを見つめ返す。
 出会い頭に軽口を叩く彼女に対し、どう返事を返していいものか分からなかった。
 彼女のことは覚えている。
 さきほど科白が参加していたバンドのドラムを叩いていた魔物だ。その容姿や言動からして、パンクロック好きのヤンキー女という感じだが、こうして近くで見ると意外と小柄な印象をうけた。

 僕はちらりと手錠の状態を確認する。
 手錠は自転車のチェーンに似た鎖で椅子に厳重に噛み合わせてあり、簡単には取り外せそうにもない。足についている方も同様だ。
 僕は無言のまま、サンダーバードの女性を見つめ返すことしか出来なかった。

「だんまりかよ……こっちは寝てる間に刺身にしてやってもよかったんだぜ。深月さんが穏便に済ませろって言ったから、仕方なく綺麗なままにしてやってるのによ」

 サンダーバードの声には、明らかに不満に満ちた苛立ちがこめられていた。
 深月……あのバーメイドか。
 どうやらあの店員はここでは見た目以上の権力者だったようだ。

 だが、これで何となく状況は察した。

 僕は彼女達にとっての『不審者』なのだ。
 あの科白に手を出した容疑として、僕は不審者としてこの部屋に監禁されているというわけだ。

 迂闊だった。
 おそらく僕がこの店に入って深月に声をかけられた時には、既に疑われていたのだろう。僕の強行に迅速に対応してきた点についても、深月やこのサンダーバードが科白の仲間なら、科白から僕に関しての何らかの特徴など話を聞いていたって何もおかしくはない。
 むしろこの店に入った時点で手遅れだったといってもいいのかもしれない。自業自得とはいえ、どう考えても警戒心
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33