朱玉

 おそらく、自分の人生最大の羞恥心に僕は苛まれていた。
 
 朝方に行われていた鬼太鼓のステージのある、船内のイベントプラザに僕は来ていた。父さんが倒れた時と同じく空席の多い二階のギャラリー席で、同じ白いプラ製のテーブルに腰を掛け、頭を抱えてうずくまっている。
 
「馬鹿なの……?マジで?馬鹿じゃないの?」
 
 もう一度改めて言おう。
 僕は今、人生最大の羞恥心に苛まれていた。
 その原因はもちろん、さきほど食堂の隅で起きた楓香との一件のせいだ。雰囲気に飲まれていたとはいえ、なぜあんなことをしてしまったのだろうかと、ただいま絶賛後悔中なのである。
 大衆の目がある中で、しかも幼馴染の目の前で、鼻水垂らして号泣する高校生の姿は滑稽以外の何者でもなかっただろう。高二病をこじらせすぎだ。死にたい。
 
 ここに至る前の話だ。
 フードコーナーで出会った後、僕は楓香から喰人鬼に関わる情報を聞いた。ただ楓香自身は喰人鬼のことは詳しいわけではなかったので、正確には他に情報を持っていそうな人を紹介してもらったというべきだろう。
 ダンピールの家系である糸井家。それと深く関わる保存会にならば、魔物のことに詳しい者が一人や二人いてもおかしくないだろうと踏んでのことだった。
 すると意外にもその人物は、今日もこの船に乗って来ているのだという。僕はその人に会うために、僕はこのイベントプラザに来ていたのだ。
 
 その人物とは何度かメールのやりとりをしたが、『喰人鬼』のワードを出すだけで食いつくように話が進んだ。どうやらその人も喰人鬼には特別な興味があるらしく、すぐに会う約束を取り付けることができた。
 他の一般客の目を気にしないように、先ほどの特等室で聞くつもりなのだが、母さんと鉢合わせて、まだ僕が魔物について探っていることを知られるわけにはいかなかった。だから鬼太鼓が始まって母さんが部屋からいなくなるまで、このイベントプラザで待っていたのだ。

 だがしかし。

 問題が起きてしまったのはその後だった。
 その人物と待ち合わせの時間を決めて、いざ一人になってからだった。
 行動を起こすにあたって、頭を一旦クールにしてしまったのがいけなかった。
 食堂での自分がいかにクサいことをしていたのか、それに気づいてしまったのだ。
 時間にして15分以上だろうか。
 ぞわりと全身の毛が逆立つような悪寒によじれながら苦悩している。死にたい。
 
「違うんだ。あんなのは僕のキャラじゃないんだ。もっと落ち着いて考えれば、あんな痴態をさらさなくても良かったはずだ……」
 ブツブツと自身への悪態をつき続ける。
 とにかくなんとかして気持ちを紛らわそうと、もだもだと全身をぐねらせる。だが脳内に焼き付いた黒歴史はこびりついて一向に消えそうにない。

 ―――ドン、ドン、ドン。
 
 そんな無駄な動きをしているうちに聞き馴染んだ、和太鼓の重く響く音が下の方から聞こえてきた。リズムが一定じゃないから、おそらくただの音出しチェックだろう。鬼太鼓がもうすぐ始まる合図だ。
 
 僕は母さんがステージにいるか一応の確認のため、傍にあるバルコニーの柵から顔を投げ出して、一階を覗く。
 下の階では朝と同じくらいの人数がこぞって集まっていた。軽く見ても百人以上はいるだろうか。
 午前中の鬼太鼓の演舞の時にいた乗客は全員、本州側についた時点で降りているはずだった。だけどそれと同等に、この船にそれだけ人が乗ってきたのだということだろう。

 しかし、それを見た僕の第一の感想は「少ないなぁ」だった。
 
 盆の時期だからかそれなりに人はいるけど、僕の幼い頃に比べれると全体の乗客数は年々減っている。全盛期はこの空席だらけの二階席でさえも、人でぎっしりと埋まってしまうほどだったのに。減少していく乗客をみるたびに、島にゆかりのある人間が目に見える形で消えていくのだと理解する。

 この島も少しずつ、人が少なくなってきているのだろう。

 主に若手の人口が、僕らの住む本州の都会へどんどん移住しているからだ。でも実際、それは当然のことだろう。
 
 この島は、若者には住みづらい。
 とにかく物資が少ないのだ。電気もガスも、限られた場所にしか通っていない。このご時世で便所は汲み取り式で、風呂を薪で炊いているだから相当なものだ。
 食料も山の奥に行くほど畑での自給自足の割合が高くなる。娯楽の類も都会と比べたら雲泥の差だ。週刊誌だって週遅れで港近くの場所にしか置かれない。
 そして不便であるということはつまり、他人に頼らなければ生きていけないという意味でもある。どんなに辛かろうと、嫌な相手でも交流していかなければ、日々の生活が成りたたない。

 僕みたいな都会での利便性や薄い人間関係の気楽さを知ってしまった人
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