「ダン、ピール……?」
確かに母さんはそう言い放った。
しかし、僕の中には聞きなれないその単語に対応できる言葉はなかった。
ただ耳に聞こえた単語を、そのままオウム返しをすることしかできなかった。
「そ、ダンピール。半分だけ吸血鬼ってやつよ…つっ」
そこまで答えた後、急に母さんは膝を抱え込みその場でうずくまってしまう。
「母さんっ!?」
「……痛っ。」
「どこか痛いの、大丈夫っ!?」
声をかけてみるものの母さんは膝下を擦るようにして唸るだけで、言葉らしきものは返ってこない。
どうしよう。僅かに塩気のついた肌の下から更に汗が湧き出す。
まさか、母さんにも何か異常が?
半分吸血鬼なんて話、突拍子もなさすぎるが今の僕には信じられないことではない。ひょっとしたら、さっきの吸血行為が何か関係して、それで身体に異常が起きているのかもしれない。
もし、父さんに続いて母さんも倒れてしまったら。
不安が僕の胸を満たす。一体、僕はどうすればいい。
不安で動けないのかと思うくらい痺れた全身を、僕は何とか引きづって母さんに近寄る。
「……け、継。」
すると、母さんがか細くぼそぼそと声を絞り出す。
「どうしたの?どこが痛いの!?」
「…爪、割れたかも。さっきカッコつけてジャンプしたから」
「……」
さっきまでの緊迫した空気がぼろぼろと崩れ去っていくのが肌で感じられた。どうやら母さんはなんともなくいつもの母さんだった。呆れる半分、どこか胸の重りが外れたみたいで一安心する。
「なにやってんのさ…」
「大丈夫大丈夫ー、ちょっと痛いだけー」
ケロッとした顔でそういうと母さんは腰を挙げて、どっこいしょーとオヤジくさい言葉を吐きながら近くに椅子に座りこむ。
先ほどといい、そのあまりの緊張感のなさに肩ががくりと落ちる。
あまりの名演技っぷりにちょっと腹が立ちました。
だがそのおかげなのか、僕は改めて父さんの方を注視するだけの落ち着きを取り戻せた。
先ほどまで信号のように変化していた父さんの顔色も、今見てみるととても落ち着いたものになっている。まだ意識はなさそうだったが、呼吸もすごく落ち着いていてまるで眠っているみたいだった。
「父さん……いったい何が何だか。」
僕は震える手で父さんのシャツの襟をつまみ、そのまま父さんの口元に残った泡をふき取る。
多少は冷静になったが、いきなりのことで状況が読み込めないことには変わりがなく、僕の頭の理解がまるで追いつかないことしかわからなかった。
情報が渋滞を起こしている僕の脳内に、ふと下の階から妙などよめきが飛び込んでくる。
――今、あの赤鬼。上まで飛ばなかったか?――
――マジ?ちゃんと見てなかった――
――ロープとか、そういう演出?――
――ちょっと上見に行こうよ――
柵の間から下の階を覗いてみると、さっきの母さんの跳躍が誰かの目に入ってしまったのだろうか。まだ白鬼の楓香が演舞をしているというのに、明らかにお客さんの興味が鬼太鼓からこちらに移っている。
楓香は演舞をめげずに獅子舞と共に舞い続けていたが、端からみると可愛そうなくらい注目されていない。それでも全く手を抜かないあたり、楓香は根性が座っているなと思う。
「ありゃあ。これはまずいねー。早いとこ父さんどうにかしないと騒ぎになるかも。」
椅子を傾けて、一階を覗いている母さんの声が聞こえる。
「母さんがあんな目立つことするから…」
「階段上るのめんどいからショートカットしちゃった、てへ」
「……後で楓香に謝っときなよ」
僕は横になっている父さんに向き直る。
母さんの言う通り、このままでいるわけにはいかないは確かだ。今は早く倒れている父さんをなんとかしないと。
「…というか、今この状態の父さんを動かしていいの?」
「眠っているだけだから、頭打ってない限り平気よー」
「血を吸われてたけど、大丈夫?」
「…んー、まぁ大丈夫よ」
なんだか煮え切らない態度だったが、今のところははっきりした答えを待っているほど悠長にしてはいられない。
僕は自身の身体を気遣いながら、父さんの身体を運ぼうとやおら立ち上がろうと思った。
だが身体は今だ力が入らず、下半身が小鹿のように震えてしまう。
くそ、まだ動けないか…。仕方なく、身体を一挙動ずつ動かすことにした。
崩した膝を引きづるように抱えて、そこに体重を移し替えるのにも時間がかかる。白椅子を使って腹筋に力を込めて、上半身ごと踏ん張って何とか腰を浮かせる。
……その場に立ち上がるだけで30秒以上掛かってしまう状態だと知り、改めて自分の身体の危うさに気付く。
これがさっき母さんのいっていた半人鬼?の力のせいなのか
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