夕飯が終わり、かまどの風呂から上がるともう夜中の九時を過ぎていた。
僕は寝床の部屋の小さな縁側に胡坐で座り込んでいた。
畳二畳分のスペースしかない隠れ家のような小さな空間。古びた祖母の家の縁側は既に家全体が軋み、左右の箪笥の隅や戸の隙間から外の空気が入り込んでくる。僕の膝のすぐ横では、火をつけたばかりの蚊取り線香が黙々と煙を立てている。
風呂上がりの熱を飛ばしながら、見慣れた縁側の外の景色をぼぅっと眺めてみる。家の周りを囲うように杉や竹が覆い茂っているので縁側の外からは夜空を見ることはできないが、その見通しのきかない景色が小さな箱庭を演出しているようにも感じて割りと気に入っている。
蚊取り線香の独特な香りが鼻腔をくすぐる。僕は煙を吹き飛ばすように深く一回ため息をつくと、今日一日の目まぐるしさを思い出していた。そういえばずっとバタバタしていて、座ってゆっくり考えるのは久々かもしれない。
……僕が意味がない、時間の無駄とさえと思っていたこの島への帰省には、父さんや叔父さんには意味があった。それも強姦という異様な事実とタガネという異色な存在を抱えて。
一緒にいるから知っているはずの自分の家族だからこそ、知った瞬間はどうしていいか分からなかった。ただただ退屈だとばかり思っていた僕の人生は二人の男の辛い過去の上に成り立っていたのだ。僕が何も知らずに呑気に過ごしていただけだったようだ。
魔物の存在だってそうだ。今まで都市伝説だと思っていたし、タガネが自分の前にいきなり現れなければきっと僕も信じられなかったと思う。
タガネ、喰人鬼、人の精を食う死体。そして、元人間。
彼女は叔父さんと今までどんな人生を送ってきたのだろう。
彼女の齢はどれくらいで、人間だった頃はどれくらい生きていたのか。
父さんがタガネを見たのが25年前だから少なくとも僕の3倍以上は生きているだろうか。僕の中の17年ですら退屈を感じるほど長いのだし、それ以上の月日では一体どんなことが起きていたのか見当もつかない。
知りたいことは尽きなかった。結果としてだが僕はこの島に来て多分、久しぶりに退屈していなかった。無論、退屈していないというだけで楽しいわけでは全くないのだけども。
そして、タガネの過去を知りたいと思うのと同時に、僕はこれからタガネはどうするのだろうとも考えた。
叔父さんは「僕にすべての判断を任せる、自分はもう来年は島に来ない」と言っていた。
正直に言ってタガネがどう生きていくかを17年しか生きていない僕なんかに決めさせるというのは、少々荷が重すぎる。それに爺さんと婆さんがいるのにそれを放置してこの島に来ないなんて、そんな親不孝なことを叔父さんがやるとは流石に思えない。
けど。
もしこのまま叔父さんが本当にこの島に来なくなり、タガネが餓死する危険性があるとしたら、僕は彼女を見殺しにすることになる。死体を見殺すなんて妙な表現だが、それなら僕もこのままなにもせず黙ってみているわけにはいかないだろう。
無い頭を捻って、これからの手段をいくつか考えてみる。
例えばとしてだけど、このまま彼女と一生をこの田舎の島で過ごすとしたら?
今すぐは流石に厳しいかもしれない。だが特に大学にこだわっているものがあるわけではない。実のところ学科だって、大学の名前だって、場所だって、行ければどうでもいいというのが本音だ。一応なんとなくは考えているものの、周りがそうしているから僕もそうしているというだけなのだから後からいくらでも変えようがある。
逆に、都会の方に何とか連れ出すのはどうか?彼女を一人かくまうくらいならなんとかなるかもしれない。いざとなれば大学生活と同時に一人暮らしを始めたっていい。彼女には食費も光熱費もかからないだろう。僕ががんばればいい話だ。体力が持つかはわからないが、朝のあの疲れくらいなら慣れれば何とかなりそうだ。
それとも……そうしたくはないが、僕が彼女を危険人物と考えて、この先生きているべきではないと判断するのか。
自分でも思った以上にたくさんの可能性と未来が頭をよぎる。ここから道を変えようとすればいくらでもできそうな気がした。「夢とか目標のためには何かを犠牲にしてでやれ」という叔父さんの言葉を思い出す。
そこまでたいそうなものではないけどこれが僕のやりたいことならきっとそうするべきなんだろうと自分に言い聞かせた。
だが、多すぎる手段というのは逆に僕の判断を鈍らせるばかりだった。
結果的にどうするかは後にして、それには彼女のことを一つでも多く知る必要があるだろう。僕には知らないことが多すぎる。
息を大きく吐き出し、気を取り直す。
まずは明日やるべきことを考えることに
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