「……このあたりのはずなんだが」
俺は手に持った手描きのメモを見ながら辺りに景色を見回す。
寂れた郊外のコンクリート路というものは、どうにも苦手だ。
どこの道も似たようなものばかりで、探しものをするのに一苦労だからだ。
既に日は傾き始めていて、人通りはまばら。
その辺の人に道を尋ねるにも、そっちの方が手間かもしれない。
夕日を背に浴びながら歩き続けていると、ようやくメモに書かれた地図に近い場所に出くわす。
「…ここだ」
ようやく目的地の建物を発見できた。
俺は一旦手に持った荷物を置くと、俺は手に持った黄ばんだ道着を羽織り、腰に黒帯を巻いて強く締める。
年季の入ったその黒帯は、ボロボロにほつれて内側の白い生地が丸見えだ。
目の前にあるのは日の光で黄色がかった白いコンクリート製の建物。
スライド式の入口の戸の脇には「赫燕(かくえん)空手道場」と荒々しく刻まれた看板が釘で打ち込まれていた。
俺はいわゆる道場破りというやつだった。
もちろん本当に看板が欲しくてやっているわけではない。
誰がこんな使い古された小汚い板切れが欲しいものか。
目的は、シンプルに強いものと試合がしたいということ。
自分のことを完膚なきまでに打ち負かすような、強い者に出会うこと。
そんな存在を求めて各地を回るのが、俺の生きがいだ。
この赫燕道場には、とある噂がある。
まず強い師範がいる、それは当然のことだ。
見た目こそ普通の道場を謳っているのだが、ここの師範に多くの格闘家が挑戦しては返り討ちに遭っているらしい。
だが、それだけではただの強豪の地方道場でしかない。
もうひとつ、ここには普通の地方道場とは違う点がある。
不可解なことに、誰もその強い師範の本当の顔を知らないということだ。
強いということは、それだけ顔も知られていて当然なはず。
なのに、師範である彼がどんな人物なのか、その証言があまりにもまばらすぎるのだ。隣町で色々と情報を聞き漁ったが、簡単な容姿だけでも十人十色、どれもこれも全くバラバラな内容だった。
ある人は背が高い短髪だったといい、またある人は髪の毛が長い細身だったといい、またある人は猿のような奴だという。
しかもそれらの情報も、辿ってみれば又聞きのものであったり、丸っきりのデマだったりすることもあるので、信用できるものは皆無といってよかった。
そのあまりの情報の曖昧さに、一部では、そもそもそんな人物が本当にいるのかすらも疑われている。
では実際に師範と戦ったものにあたって直接話を聞くか?
と思うにも、そうもいかないのである。
なぜなら、挑戦した格闘家たちはここで戦った後、ほぼ全員がその後に所在不明となっているいうのだ。
ごく一部の人間は生存の確認はできるものの、その居場所を特定できるものは誰一人としていないというではないか。
長い格闘家人生のどこかで決定的な敗北をし、武の道を諦めて隠居生活のように息を潜めてしまうものは幾多もいる。
だが関わったもの全てが煙のように、行方を眩ましてしまうのはどうにも不可解だった。
やがて、真相を確かめようと踏み込んだ者たちも次々といなくなっていき、噂はやがて気味悪がったもの達の間でオカルトじみた方向に進んでいった。
『師範はそもそも人間ではないのではないか?』
以来、興味本位でこの道場で訪れたり変に噂を広めないようにと、格闘家たちの間では暗黙の了解になっているという。
関わった奴は皆、煙みたいに消えちまうから、気を付けな―――。
と、この俺が聞いた隣町での居酒屋の男の話では、そう締められていた。
だが、行くなといわれて行かないやつがいるものか。
もちろん、その男の情報もデマじゃないという保証はない。
一体どんな得体のしれない師範なのか。
挑戦した彼らはどこへ行ったのか。
それとも、ただのデマなのか。
その存在の真実をこの目で確かめるべく、俺はここまでやってきたというわけだ。
俺は一つ、大きく深呼吸した後、年季の入った引き戸に手をかける。
こういうのは最初の勢いがその後の展開を左右する。
「頼もうっ!」
古くさい台詞と共に一気に扉を開け放つ。
即座に場内から、何者かと疑う無数の視線を叩きつけられる。
だが俺は全く気にも留めないフリをしてズカズカと道場に上がりこむ。そうしていると次第に、道場生の疑念の目の色がじわじわと確信に変わっていく。
『こいつは、敵だ』という、明らかに攻撃的な視線。
……へへ、たまんねえな。
肌が痙攣するような武者震いを味わえるこの瞬間。
自分でも古くてどうかと思うものの、慣れると実は結構気持ちがよい。
もちろん道場破りとして出鼻で目立つことは大事だが、どちらかというとこれは個人
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6..
11]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想