息も上がり切り、Tシャツは汗の跡がはっきりとわかるくらいに湿り出した頃に、僕は元の墓場に戻ってきていた。
僕は振り返り、彼女が来ていないを確認する。…後を追う足音、草を掻き分ける音は聞こえない。どうやら完全に逃げ切れたようだった。
気を抜いた瞬間、僕は膝にがくりと手をつくと荒れた息を整えた。
そこまで長い距離を走ったわけではないのに、異様に全身は疲れていた。
喉からヒューヒューと音が出る。急に全力で徒競走をしたせいで胸は痛いくらいに激しく鼓動を刻み、足は疲労で小刻みに震えていた。
僕は大きく何度も深呼吸をする。
呼吸と共に震える身体と真っ白になった脳が徐々に安定してくるの感じながら、僕はさっきまでの状況をゆっくりと反芻していた。
真っ赤な腕と脚、白い髪…どう考えても普通じゃない。
少なくとも生きた人間ではない、にわかにも信じがたいが、なんとなくだがそんな気がした。
仮にあれが生き物だとしても、彼女はなんというか…僕ら人間とは確実に違う生き物だと直感で感じられた。
俯いた状態だと、自然と自分の股間の部分の見下ろす形になる。
そこで僕の分身は勃起したままなのをズボン越しからも確認できた。
あんなことがありながらも、少しも萎えていない己自身に少し恥ずかしくて頬が熱をおびた。
そして恥ずかしさと共に、先ほど見た叔父と彼女の行為が思い浮かぶ。
あの行為からしてゾンビのように血を吸ったり肉を食べたり危害を加える感じではなさそうだが、あの叔父の状態が必ずしも身の安全を保証するとは限らないとも言っているようにも思えた。
あ、そういえば…
ここでようやく僕は叔父のことを思い出した。
叔父さんは涎を大量に垂らしひどく目が虚ろな状態だったが、放っておいて大丈夫だったのだろうか。
追いかけられて忘れていたが、結果的に叔父さんを置いてきてしまった形になってしまって見捨ててしまって申し訳ない気持ちになった。が、あの状況では救出はまず無理だ、僕も捕まっていたらあんな風に襲われていたかもしれない。僕はそう言い訳をする。
叔父さんも流石に殺されることはない、とは思いたい。
もしあの叔父の行為が叔父の隠していた秘密なら、命が危険にさらされることはないのではないか?疲労のせいか、やけに考え方が安直な気もするが。
そこまで考えて僕はハッと顔を上げる。
いけない、いつもの癖が出ている。考えすぎて体の動きが止まってしまうことが僕の昔からの悪い癖だった。
とにかく、止まっていても仕方ない。今はこの場を離れよう。
彼女に追いつかれたら大変だ。叔父と彼女を見たことがばれる心配もある。
僕はそう考え、背筋を伸ばそうとする。
すると出口のある方の細道から父が歩いて来るのが見えた。
僕は慌てて近くの木に身を隠す。今日は隠れてばかりだ。
父は僕に気づかなかったのか、大きく低い声で呼びかけてくる。
「おぉい継、杓文字はまだ見つからないのか?」
しまった。
僕はハッと気づく。手のひらを何度も開閉させたがそこにあるはずの杓文字はなかった。
あの追いかけられた時から、正確には叔父と彼女の行為の最中から僕の手に杓文字があった記憶がない。
汗まみれのはずの背中にまたしても別の汗が滲む。
しかし、このまま顔を出さないわけにもいかない。
僕は何かを探すふりをしながら立ち上がった。
「あ、父さん…実は、見つからなくてさ、汗だくになって探してはいるんだけど」
とっさにそんな言い訳を思いついた。苦しいが仕方ない。
「失くしたぁ?まったく…杓文字だってただじゃないんだぞ」
「ごめん」
「お前は昔からそうだな、ものはすぐに失くして、たまにぼぅっとして返事もしないし…」
いつも通りの小言に参りながらも何とか納得してくれたことにほっとする。
このまま先ほどのことに気づかないままでいてほしい…僕はひそかに願っていた。
父が長々と説教を言った後、父はようやく落ち着いたようで一息つくと僕を見ずにぼそりとつぶやく。
「…まぁいい、もういいから帰るぞ。母さんたちを待たせている」
「…うん」
そのまま僕は父の後をつけるように山を下りていく。
僕は歩きながら何度も後ろを振り向く。杉の木の奥からは何も気配を感じない。
本当に彼女は何者だったのだろう?叔父との関係はなんだろうか?
帰り道の中、考えない方がいいのだが、どうしても頭にいくつもの疑問符が浮かぶ。
叔父と彼女のことを父に言おうか迷ったが結局何も言わずに、山のふもとで待っていた他の家族のみんなと合流して祖母の家へと帰ったのだった。
―――――
ひたり、ひたり…
足音が聞こえる。ゆっくりとこちらに近づいて来るのが分かる。
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