雨が暫く続いた八月の終わりの事だった。梅雨でもないのに一週間も雨が降り続いた次の日の朝は、雲ひとつない晴天だった。ガムラン山の麓に住む僕は、雨上がりの後に生えるキノコを探しに山の方へ朝から大きな籠を持って出かけていた。
一人暮らしで食べ物の貯蓄はある程度あるといえ、長く続いた雨のせいで、食べ物の多くは黴の被害を受けた。ならば、この機会を逃す手はない。山にはこの雨に発生したキノコが沢山あるはずだ。
作業着に着替え籠と鞄を背負うと、通り山を歩いていく。普段は見慣れた光景とはいえ、雨の後の森の雰囲気はガラッと変わっていた。泥濘んでいる道に時々ブーツをとられながらも、山の頂上付近にある二本松の辺りまでは何の問題もなく辿りついた。この辺りは木が少ない。木に登れば、山下の貿易港ガムラスタスが一望できる。
僕は、普段の二倍は取れたキノコを籠に入れロープで木に吊るすと、この辺りで一番高い木に登る。そして、木の間に元々かけてあったハンモックに寝転がった。3年前に自分でハンモックをかけてから、ここがお気に入りの場所である。寝転がると木々の葉が揺れるのが聞こえる。森の生き物達が草花を揺らしている。虫の音が聞こえる。遠くで獣が遠吠えをしている。風が気持ちいい。
見下ろす港も抜群の眺めだった。港には先日の嵐を生き延びた船が泊まっている。男達が其々の船から積荷を降ろし、商人がテントを広げて売り買いをしている。港から斜面に沿って煉瓦造りの家々が立ち並ぶ。街は活気に満ち溢れ、ここまで人の声が聞こえてきそうである。籠が一杯になるまでキノコを集めれば、明日には街に売りに出れるだろう。そんな事を考えながら、ゆらゆらと眠りについた。
ーどれくらい眠っただろう。太陽が高く登っていた。上体を起こすと、ハンモックが揺れた。寝ている間、木にかけていたブーツを履く。そろそろ飯時だ。バックの中から朝一で作った昼食を取り出す。箱を開けると、ライ麦のいい香りが広がる。パンの中から、レタスとトマトに、肉厚のハムがはみ出している。お腹が空いていたので、ガツガツ食べた。空気のよいところで食べるご飯は美味しい。持ってきた水筒には、アイスティーが入っている。それでパンを流しこみながら、バックからリンゴを出した。食後のデザートだ。これで、午後からも十分にキノコ狩りに励める。そう思って、それを齧ろうとした時だった。予期しない訪問者が来た。
「ねぇ、ねぇ、お兄ちゃん?こんなところで何してんの?」
それは、自分より一回り年下の赤髪の女の子だった。緑のワンピースのような服を着て、ハンモックをかけている木の枝に危なっかしく立っている。しかも裸足で。どうしてこんなところに、女の子が?僕は混乱したが、すぐに気をとりなおし、
「お、おい!キミっ!そんな所に立ったら危ないって!は、早くコッチにおいで!!」
この高さから落ちたらただの怪我では済まない。慌てながらも、僕は手を伸ばす。が、ここからでは、届かない。
「あはは、そんなに心配しなくっても大丈夫だって!お兄ちゃん!ほら、あたし、こう見えてもバランス感覚いい方だからっ」
彼女は陽気に笑うと、片足で立って見せる。その上、腕を水平に上げて、ゆらゆらと揺れ、終いには跳ね始めた。彼女に合わせて、木の幹とハンモックが揺れる。
「お、おい!ちょっと!?」
「あははは!」
血の気が引く光景だ。一体この子は何をしているのだろう。だが、彼女は本当に状況を楽しんでいるようだった。何かおかしいとは思いながら、ほっとく訳には行かずに幹伝いになんとか前に進み、手を伸ばす。
「ほら!手を伸ばして?もうちょっとだから!」
片方の手で枝を掴んだまま、もう片方の手を彼女に伸ばす。後10センチといったところか。枝の上で小躍りを始めた彼女に青ざめながら、ようやく指の先が彼女に手に届きそうになる。ーよし!!ぐいっと枝がしなり、彼女の手をなんとか掴まえる。
「あはは!あはは!やだ!捕まっちゃった」悪びれるそぶりもなく笑う彼女。「もう、こんな事しちゃ、危ないじゃない…か」何はともあれ、良かった。良かった。僕は、胸を撫で下ろした、その時である。大きな風が吹いた。突風である。僕が捕まえていた枝が、大きくしなり、力に負けてメキメキと亀裂が入り、根本から折れる。「うわぁぁぁぁぁ!」バランスを崩し真っ逆さまに落ちる。
…走馬灯。思えば短い人生だった。お父さんお母さん、親孝行もできずすみません。ああ、死ぬ前に女の子と付き合うんだったなど思いながら、空中の中でもがくが、努力虚しく重力に従い落下する。ポケットに入れたリンゴがこぼれ落ちる。女の子がまだ笑っている。さらば青春!!さらば人生!!!と、諦めかけたその時、グッと背中を誰かに抱えられる。「ふふ、お兄ちゃん、本当ドジねぇ?」それに続くように、次々と影が目の前を横切る
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