師に破門され、道士としての今後を断絶されたリュウの身にはこれ以上ないほどの怒りが満ちており、復讐という二文字が彼を突き動かしていた。そこには今まで師事してくれた恩人への感謝などはなく、それ故に破門された。
彼の身にないもので道士に必要なものとは、仁・義・礼・智・信の五徳。智に関しては、彼はよく座学をしていたために問題はないはずであったが、五徳においては道理を知っていることを意味する。そしてこれは他の五徳とも絡み合って形成されるものであり、一つだけ抜き出して主張できるものではない。
「クソッ、クソ……! これで絶対、いけ好かないアイツの鼻っ柱を折ってやる……!」
そして……今や彼は、人道を外れた獣。麓の村から十八ほどの歳に見える女子を拐かし、絞殺。魔力の通り道である竜脈の上に寝転がせ、その横で彼は札を作っている。霧の大陸の道士のみが習得しているネクロマンシー、キョンシーの作成のための反魂の札だ。
地下室の中で、灯りは中央の燭台のみ。息も詰まるような閉塞感のなかで、目を血走らせながら札に何事かを書く道士が一人と、見るからに死んでいる道士服の女子一人。誰が見ても非道に堕ちた犯罪者のそれだ。
道士服を着せられた女子は、もう既に魔物化していてもおかしくない量の魔力をその身に内包している。それでもまだ動かないのは、魔物化を抑制する札を貼られているため。魔力をどんどんと吸い込ませ濃縮させることにより、より強力なキョンシーを使役する腹積もりだ。
……しかし、彼はまだ修行の身だった。知識としては知っていても、実践で全てうまくいくとは限らない。良い道士は教えを守った上で用意周到にキョンシーを起動させるもの。もちろんながら、リュウにそんな智慧はない。
「できた……! ククッ、待ってろよ……」
一筆に入念に殺意を込めた反魂の札がついに完成し、それを満足そうな悪い笑みを浮かべながらひとしきり眺め、頷く。この反魂の札一つだけなら、確かに強力なキョンシーを使役できるだろうと思える完成度だった。
反魂の札を死体となった女子の額に貼り付け、一歩離れた場所でリュウは術式を唱え始める。一節を唱えるごとに空気の質が変わっていき、一節を唱えるごとに燭台の火が強く左右に揺れる。風が階段上から地下室へ流れ込み、キョンシーと成り変わり始めている女子へと吹き込んでいく。
唱えるごとにそれは増し、リュウの身体を冷たい何かが撫でていく。それでも彼は今起きていることを全て無視し、唱え続ける。
……やがて、リュウは口を噤む。全ての節を唱え終えて、作業工程は全て終了する。その目は不安げに揺れながらも、キョンシーとなるはずの死体に視線を注ぐ。当然ながら、彼にとってキョンシーを作るのはこれが初めてであった。十分に魔力は内蔵された、札も完璧にできた、式だって一言一句違わず唱えた。これで成功しなければおかしいほど。
そして事実、リュウの術は成功した。
「…………う」
「お!? やったか!?」
ビクリ、と雷が走ったように女子の身体が跳ねる。成功例なんか見たこともなかったし、動いてるキョンシーしか知らないために、ここからどうなるかなどは皆目見当がついていない。ただ彼の心中にあるのは、強いキョンシーで自分をバカにした師をボコボコに打ち負かすことのみ。
だから、身体は同年齢と比較してもがっしりしているわけではない彼では彼女に対処することは出来なかった。
「う、ううう……」
「動いた! よし、よし、よし!やったぞ……!」
キョンシーは目を開き、上体を起こす。魔力の影響によって土気色だった肌が若干青みがかり、元よりそれなりに良い肉付きだった身体にも更に女性らしい丸みが加わり、男であったら手を出さないほうが失礼だと言ってしまいそうな程の傾国の美貌を得ていた。竜脈の上で長時間の魔力吸収、強すぎる思いのこもった反魂の札、これだけに関しては非の打ち所がないと言える術。
そう、彼はやりすぎた。そして、魔力を込めれば込めるほどにキョンシーという存在は飢えることを知らなかった。
「う、あ……此処は」
「喋れるのか!? 知能が高いのは知っていたが、起動してすぐとは! やはり俺は天才なのかもしれんな……!」
「……乾く……疼く。奥が」
成功体験に酔いしれているリュウに、その呟きは届かない。
両手をついて、のろのろと立ち上がるキョンシーにも、リュウは注意を振るわない。当然だ、術"は"成功したのだから。キョンシーに対する制御のやり方も、それどころか危険性すら彼の頭の中には無かった。
「う、く……歩き、にくい」
「……何?どうした――」
ずりずりと両足を一本ずつ摺り足で動き、リュウに迫るキョンシー。彼女の呟きに反応して振り向くが、既に手遅れだった。
彼が振り向いたすぐ
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