よだつの二人


 自分の子どもの頃はなにをしていたんだっけ。

 思い返してみると、そんなに特別な体験はしなかった。
 園や学校に行って友人と遊んで、帰ったら母が用意したご飯を食べて。
 たまに遠足だとか修学旅行だとかの学校行事もあったな。
 お泊まりと言っても友人間だ。不安はなかった。

 そういうありふれたものしか記憶にないから、こういう時にどうすればいいかわからない。

「おにーさん、マンガみていいー?」
「ん? うん。男の子向けのしかないと思うけど」
「やった」

 ――隣に住むサキュバスさんから娘を預かってほしいと言われた。

 夏休みだから不思議の国に旅行に行くんだけど、彼女にはまだ早いから、と。
 子ども置き去りで旅行ということに思うところがないでもないけど、でも結婚後も熱愛してるほどの仲良しであればまだまだ二人で遊びたいものなんだろう。
 お隣さん夫婦には良くしてもらってるし、その分の恩を返したい。二泊三日くらいであれば、楽観的だけど何事もなく過ごせるだろう。
 快諾して、それから数日経って今日、こうして一時の宿を貸していた。

 とは言っても、自分は幼稚園やら小学校の先生を目指してるわけじゃない。
 この頃の子どもを相手にどう接してあげればいいのかを悩みまくる。

 マンガばかり読ませて放置というわけにもいかない。教育に悪そうなものやトラウマになりそうなものはさりげなく隠しておくべきか。食事だって気を遣わないと。この年頃はたくさん食べさせたほうがいい。それなら家で作るより外食したほうがいいのか。お風呂は。歯磨きは。寝る時間とか起きる時間とか。

 今の時代ならなんでもすぐ調べられるネットなんて便利なものもあるけど、便利な分だけ情報も玉石混交だ。デマなんて泡のように出てくる。
 子どもに対するものは特にその傾向が顕著なイメージがあった。
 情報の取捨選択すらも頭を悩ませてくる。

「あー、これえっちなやつ?」
「っ!? ……って、ああ。面白いやつだよ」
 どきっとした。

 目を離した隙に妙なものを見つけたのかと思ったけど、違った。
 本棚の前で彼女が手に持っていたのは、表紙が少しばかり過激なだけの王道な冒険もの。
 いや、表紙だけじゃないな。ときどき乳首券が発行されてた。
 でも本当に性的なものではなくて、読んでも問題はないだろう。

 改めて、預かることになった彼女を眺める。

 見比べる対照が本棚というのも微妙だが、それでもスケールの小ささに不安になる。
 奥さんの話では四年生くらいだったかな。育ち盛りの真っ只中にある、まだ幼い少女。
 サキュバスらしい特徴の角や羽、尻尾なんかも未発達だ。角は短くて丸く、尖っていない。羽だって小さくて、彼女を支えて飛べるのかどうか。尻尾は身の丈にあった長さだけども、ぷくぷくと丸く栄養を蓄えているのがほほえましい。

 服装がちょっとばかり露出過多に見えるけど、少女の尺度で見ればスポーティか。
 おへそが出るタンクトップに、青みが強いデニムのホットパンツ。
 なんとも夏っぽい服装だな。お腹を冷やしそう。

「なーんだ。えっちじゃないなー。ほかのは?ほかの」
「他のもえっちなものなんてないよ」
「つまんなーい」
 男をなんだと思ってるんだ。

 ぶつくさ言いながらもマンガをとっかえひっかえ読むその表情は、若さによって有り余ったパワーで輝いて見える。美人ってだけじゃない輝き。
 なにを見るにも新鮮で、なにもかもが楽しい。
 他人の家だからこそ小さなことでも目新しいと思うんだろうな。
 素直にかわいらしいと思う。かつての自分もそうだった。

 時計を見る。昼の二時。
 昼ご飯を済ませたあとに歯磨きさせて、それから彼女を好きにさせていた。
 嬉々として部屋をいろいろと物色してたけど、男のひとり暮らしだしな。
 女の子が面白いと思うものは残念ながらないんだろう。ちょっと罪悪感。
 すぐにつまらなくなった彼女は次にマンガに目をつけた、って感じの現状だ。

「うーん……。ほんとにえっちなものないの?」
「ないよ。全部面白いのに」
「えっちなのがいい」
 どんな要求だ。女の子のほうがませてるらしいけども。

 彼女を預かる前に、ちゃんと部屋の掃除や不適切なものの処分は済ませた。
 捨てるのも忍びないから友人に貸すって名目だけど。
 貧乏性というよりかは、コレクションにしがみつく気持ちのほうが強い。

 未成年を一時でも預かる立場なんだから健全であるように配慮はした。
 お隣さんは自分を信用して預けてくれたんだし、自分の立場としても彼女の未来としても、絶対にボロを見せてはいけない。この場合はモロかな。

 まあ、そんな健全さが彼女のお気に召すかどうかはさておいて。

「はあ……。おにーさん、いんぽ?」

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