番外編・激突惚気大会ホワイトデー(ネタ/女性なし)

 春休み。
 未だに少しだけ肌寒さは感じるものの、お日様の陽気さがじんわりと暖めてくれる時期。雪は残滓さえ融けて消え、木々は枝のところどころに緑を芽吹かせ始めた。あと一ヶ月も経てば葉の色がまぶしいシーズンが到来する。
 そんなのほほんとした初春だとしても、男には戦わなければならない謎がある。恋人持ちの男性として、年に数回ほどは確実に悩むことがあるけれど、この日は特に制限が厳しい気がする。贅沢な悩みと言われれば、まあそうだ。

 ホワイトデー。の、前日。

 フェア開催中ー
#9825;なんて可愛らしいポップがカラフルに自己主張しているケーキ屋さんの前で腕組みしながら、数倍返しってどうすりゃいいんだよ、と現在進行形で悩んでるのだった。どこかの会社が儲かるために作った風潮だとしても、世間に根付いたものは共有しなければいけない。ちょっと癪な気もする。だけどそれで互いの仲が深まるなら、と頭を働かせてしまう。
 この問題はある意味、センターなんかよりしんどいかもしれない。朝に出かけてからいろんな店を覗いてああでもないこうでもないってしてるうち、既に昼を通り過ぎてしまった。そもそもこんなことをしてる場合でもないんだよな。大学進学を控えた今、もう数日後には引っ越しをするのに。
 しかしホワイトデーに何もあげるものがないなんて、申し訳ないじゃ済まされない。きっとはるは「別にいいよー」って笑いながら許してくれるんだろう。だからといって、今回ばかりはその言葉に甘えるわけにはいかない。
 男のプライドだとか、義理人情だとか、そういった体面的な考えもある。でももっと物事は単純で、俺ははるの笑顔だけを求めていた。少し、ほんの少しでもいいから、俺がなにかを返すことで笑顔にしてあげたい。彼女に励まされた分だけ彼女を喜ばせてあげたいと思う。やっぱり義理人情なのかもしれない。
 そういうわけなので、めちゃくちゃ悩んでいる。こういう時になにを贈ればいいのかをまったく知らない上に勉強もしてない。いろいろと忙しかったせいで行き当たりばったりだ。誕生日とかクリスマスまでにはちゃんと調べておこう、と忘れがちな脳内のメモに書いておく。新生活でそれどころじゃなかったとしても、誕生日だけはなんとかしよう。

 しかし、なんというか。
 周囲には自分と同じく眉間に皺を寄せて悩む男性が数人。自分より一個下の高校生くらいに見える人と、自分よりも年上っぽい大学生風のお兄さん。ケーキ屋のお姉さんは苦笑い。道歩くカップルたちは仲睦まじそうで、女性たちの手には贈られたばかりと思しき紙やビニールの袋。どよよんと沈んでいる男性女性もちらほら。
 ……世間、浮かれてるな。自分もだ。恋人のためになにかする、ってイベントはみんな大好きだし当然か。何事にも例外はあるし、自分も去年まではその例外だったけど。女っ気のない男子校でホワイトデーなんてアレな空気しかないし。
 だけどそれを言い訳にもできない。第一、はるとはかなりの時間を共に過ごしてしまってる。その時間は互いの好みと嫌いを把握するのに充分なもの。彼氏である以上はこんなのちょちょいとドストライクなやつをプレゼントできなければ、いけないのかな。そこでちょっと自信が無い。逃げ癖が悪化している。
 苦しいため息を細く吐き出しながら視線をケーキ屋に戻して、いややっぱりケーキよりも他にあるだろ。ホワイトデーだぞ。はっぴばーすでー、って歌うわけじゃないんだし。次の店に行こう。

 そうして駅前を少し歩いて、雑貨店。ここもホワイトデーフェア開催中だ。オススメされている商品はといえば、贈り物に合いそうな可愛らしいネックレスやペンダントなどが並んでいた。ワイヤーでできた写真立てとか、何に使うんだろうって小ささの小瓶とかも。様々なニーズに答えるためか、アンティークな趣きがあったり手作り感があったり、触手栽培キットなんてのもついでに陳列されてある。大丈夫か。
 はるに似合いそうなもの、はるが好きそうなもの。こういった飾りを見てもピンときたりはしなくて、そもそもセンスに自信が無いから呻き声が漏れそうになる。個人的な好みを言ってしまえば、それはすぐに解答を導き出せる。だけど贈る物だ。自己完結しちゃいけない。次のたくさんの選択肢がある中から正しい解答を選びなさい。これまで培ってきた時間を思い出しながら、導き出さないといけない。
 そもそもこの店が正しい解答なのかどうかさえ判然としないんだ。心を構成しているワイヤーフレームが不可逆な方向へと傾きそう。どうしたもんかな。首をかしげながら商品から視線を逸らすと、また周囲に自分と同じような人たち。悩む奴が自分だけじゃないと思うとちょっぴり安心するけ、ど?

 高校生くらいの人。大学生風のお兄さん。

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