一目見た際の印象は、ただ「綺麗な子だな」程度だった。
それはちょうど高校に上がったばかりの頃で、目に映るものすべてが新鮮だった。彼女くらいの容姿の子はそれなりにいるので、高嶺の花だとかマドンナ的存在だとか、決してそういうイメージではなかった。むしろ親しみやすい、笑顔が可愛らしい子だった。
それが「おかしいぞ」となったのは、高校生活がスタートして一週間後のこと。
「突然呼んでごめんね、鳶ノ浜くん。お墓はどういうのが好きかなって訊きたくて」
「………………は?」
それは典型的な告白のパターン。ラブレターから恋の始まり、のはずだった。
一週間で彼女と会話したのは一度だけで、それも「よろしくね」なんて当たり障りのない自己紹介でしかなかった。だから当然、俺は彼女のことを知らない。彼女も俺のことを知らないはずだった。
「鳶ノ浜くんのお祖父様方のお墓に入れてもらうよりかは、私たち二人っきりのお墓のほうがいいでしょう? 和型の墓石もいいとは思うんだけど、やっぱり洋風が可愛いと思うな」
呆気に取られているうちに、彼女は理想の死後を語り出す。
彼女が話す内容では既に俺と彼女は結ばれていて、予め決めておきたいのが墓石だと言う。最終的にはどれだけ小さくても目立たなくても可愛くなくても二人きりであればそれでいいとか言い放ち、それからとっても可愛らしい笑顔でこちらに尋ねる。
「鳶ノ浜くんは、土葬とか宇宙葬とかの方がいいのかな?」
「え、いや、……まだ、死にたくない感じかな……?」
「あー、そっかー」
わけもわからないままに、最悪の答えをしてしまった瞬間だった。
☆
彼女の名前は「白襟 凪」。出席番号は前のほう。笑顔に溢れ、人当たりの良い優しい性格。運動はそれなり程度だが、頭が良い。雑学知識に優れ、どうでもいいことで周囲を笑わせたりもする。
他人のことをよく見ていて、困っている人を見かけたらアドバイスなり手伝いなりで助け、しかしなんでも彼女任せにはならないように上手く立ち回る。
……なんというか、普通に良い子だ。すごく良い子だ。
だからこそ、彼女からの告白のような何かが特異だった。
あのあと「告白とかで呼んだんじゃないの」と訊いたら彼女はとても驚き、
「まだだよ? 鳶ノ浜くんはまだ私のこと全然知らないじゃん。今日は気になったことを訊きたかっただけ。もうちょっとだけ友達ね」
このあと付き合うことが既定路線で今は段階を踏んでいるだけ、なんて言い草。
唖然としている間に彼女は去り、その後に何かあったわけでもなかった。
環境の変化による新しい日常の中でこれだけが異質に脳の中に残り、結果として彼女のことが気になってしまう。彼女は電波なわけではないみたいだし、危ないタイプでもなかった。どう考えても、人気のある良識人でしかない。
四月、五月はそうして無事に過ぎていった。
友人が増えたし、部活も始まった。クラスでは白襟さんがいるグループの女子からちょっかいを出され、結果として白襟さんとの会話を何度もした。こっちの友人を巻き込んで一緒に食事だってした。ゴールデンウィークには白襟さんとのデートもやった。
六月に彼女から告白されたのだって当たり前だと思ったけれど、彼女の愛情はこちら以上だった。付き合って一週間で彼女の家に誘われ、そのままなし崩しに身体を重ね、事あるごとに白襟はこちらを求めてくるようになった。
猿のように喜ぶことができればよかったが、彼女の裸を見たあとであっても、未だにどこか彼女への不信感があった。まるで彼女の脳裏に描かれた道筋通りに物事が進んでいるような、馬鹿げていると断じることができない違和感。
だからちょっと、あんまり褒められないことではあるけど、彼女を試すような質問をした。といってもいちゃつきの延長みたいな、なんでもないはずのもので。
「俺がもし凪のこと嫌いになったら、どうする?」
それを聞いた白襟は怒りも悲しみもせず、疑いや躊躇もしなかった。
「どうもしないよ。私のこと嫌いになっても、鳶ノ浜くんのことが大好きだって気持ちはずっとずーっと変わらないからね。それに、鳶ノ浜くんも私を好きになるはずだし」
澱みのない恋慕の情。迷いのない満面の笑顔。
これで確信した。この女は異常だ。
☆
友人たちに相談した。白襟と仲のいい女子たちにも相談した。
だけど、相手にされなかった。のろけ話はよそでやれ、なんて笑いながら。それでもなんとか相談に乗ってくれと頼んでみても、誰も彼もが白襟凪のことを信頼しきって俺の話をまともに取り合わない。逆に俺が怒られもした。
深刻に考えすぎだ、と言われた。好き合ってるなら大丈夫だろ、と。
俺の方がおかしいのか。そんな疑念が生じつつあった。
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