ランサービートルのルネは、大森林武闘大会で四連覇を成し遂げた覇者である。
初参加時では予選で敗北。その後に婿と運命的な出会いを果たし、結婚を遂げた。
旦那との交尾によって力をつけたあと、参加二回目にして快進撃。優勝を勝ち取る。
それからの三回目、四回目、五回目と武闘大会が開催されるたびに優勝し、自慢の槍捌きには並ぶ者がいないと言われていた。
それ故に、六回目の決勝戦も負けられない戦いだった。
「――――勝負あり!」
審判の声で我に返ったルネは、ようやく自分が倒れていることに気づいた。
視界の右半分には闘技場の茶色い土。視界の左半分には、自分を投げ飛ばしたシザービートルが構えを解く姿が見えた。一瞬の静寂。その後の、森林全体が揺れるような大喝采。
ジャイアントキリング、という言葉そのもの。そのシザービートルは、ルネの半分ほどしかない小さな体躯だった。それが大会の覇者を倒し、優勝。無口なものが多い森林の魔物娘たちも沸き立つほどの大偉業。誰もがルネの勝ちだと思っていた予想の上を行く勝利だ。そしてそれは、ルネ自身でさえも思い込んでいたのだ。
それ故に、ルネは悔しむ気持ちも悲しむ気持ちも生ぜぬまま、ただ呆然と起き上がって握手し、退場していった。
敗北。
長い間、忘れていた言葉。
ルネの心から、身体中から、何かが抜け落ちていく。自信、気力、信頼、余裕。
その代わりに膨らんでいくのは、失望への恐怖だった。
彼女は旦那を愛している。自分を信じて送り出してくれた彼に、今日も勝利を持って帰るつもりだったのだ。きっと今回も優勝して、五連覇なんてすごいな、と褒められるはずだったのだ。だが、そうはならなかった。
失望。失望。失望。ルネの脳裏にその言葉ばかりが響いて頭を揺さぶり、身体を震えさせる。顔が青くなり、動悸が激しくなっていく。胃が逆流しそうになる。まともに立っていられなくなり、壁に手をついても足がふらつく。
闘技場と待合室を繋ぐ通用路。この短い道が、ルネにとってとてつもなく長く思えた。前大会優勝者には個別の待合室が用意され、その中ではいま一番会いたくない旦那が待っている。彼女の足は鈍く重くなっていく。
相手を侮っていた。調子が出なかった。相手が卓越していた。言い訳はいくらでも思いつくが、そんなことを言っても彼の失望は拭い去れないだろうという絶望。いっそのこと彼に背を向けて飛び出していってしまおうか、とまで追い詰められる。
だが、そうしてしまう前に、
「…………ルネ」
普段であれば愛しいと思う声。今は聞きたくなかった声。
顔を上げたその視線の先に、ルネに駆け寄る男性の――彼女の旦那、カラムがいた。
「カ、カラム……」
叱られる。幻滅される。捨てられる。そんな思いが急速に増大する。
だが、ルネの四本の足は根を張ったかのように動かない。動けない。恐怖で身が竦んで、一歩たりともその場から動かすことがかなわない。
まるで断頭台の前に立つ死刑囚のような心持ち。ルネは為すがままに、カラムからのギロチンに首を差しだそうと、
「……準優勝、おめでとう。疲れたよな。ゆっくり休もう」
「………………え?」
ルネをふわりと優しく抱きしめる、カラムの両腕。
祝う言葉、ねぎらう言葉。
「明日、賞品を取りに行かないとな。当日に賞品受け渡しがあるのは優勝者だけって始めて知ったよ。今日は疲れを癒やさないと」
彼の言葉には、怒りや失望などはどこにもない。あるのはただ、妻を慈しむ夫の言葉。穏やかさ以外の響きは、彼の声には何一つ含まれていない。
ルネは再度硬直し、呆然とし、独り言のような疑問を放つ。
「……負けた私に、失望しないの……?」
「失望?そんなことするわけないよ。ルネは立派に戦ったじゃないか」
さも当然のように微笑むカラム。
それはじんわりとルネに染み通り、心の中にあった黒いものが消えていく。
許しではない。慈悲でもない。あるのはただ、ルネという戦士への敬意。ルネという妻への愛情であった。
ああ、そうだ。ルネという魔物娘は、カラムがこういう男であるからこそ惚れた。予選敗退での失意の中で彼に出会ったからこそ、彼と添い遂げようと思えた。
彼女の小さな瞳から涙が溢れ出し、カラムの胸に顔を埋める。それを彼は受け止め、背中を撫でてやる。
「……夕飯はご馳走だよ。水浴びも一緒にしよう。せっかくだし、お酒も開けちゃおうか。今日はルネのためになんでもするぞー」
カラムの言葉に、ルネは泣きながらも確かに頷く。
例え覇者という名声を失ったとしても、愛する隣人を失うわけではない。それすら忘れていたということが、ルネにとっては負けた事実なんかよりも遙かに悔しかった。同時に、彼を愛おしいと思う気持ちがもっ
[3]
次へ
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想