目が覚めるときは、まず音から認識されるものらしい。
耳元で規則的に繰り返される穏やかな呼吸音と、僅かな身動ぎに釣られて動く掛け布団の衣擦れ。それと、申し訳程度に外から聞こえてくる鳥の囀り。引っ張り上げられる意識。
「……」
そうして目を開けると、カーテンの隙間から差す光で室内の暗さが既に取り払われていた。見慣れた天井に、早く起きろとせっつかれているようで。彼女が来る前までは、目を開けたらすぐに身体を起こしていた、んだっけ。なんだか久しぶりな感覚だった。そもそもこの天井じゃないな。
顔を横に向け、鼻がくっつきそうなほど近くにあるその寝顔を確認する。寝ぼけた子犬が母犬を求める仕草とちょっと似てるよね、といつだったかに彼女に言われて、少し恥ずかしかった憶えが喚起される。だけど、でも、しょうがないじゃん。こんなすぐそばに、愛しい人がいるんだから。
「……んふ……すぅ……」
俺とはるのどちらが先に起きるのかと言えば、基本的には俺のほうが早起きだったりする。実質一人暮らしみたいなものだったから、ゴミ出しやら朝飯の用意やらは自分でしなければいけなかったし、その習慣のせいで今でもおじいちゃんレベルの睡眠の浅さになってるんじゃないかと思ってしまう。だけどそれはなかなか悪くなくて、こうしてはるの幸せそうに堕落した寝顔を見るたびに、きっと今日も幸せな夢を見ているんだろうな、なんて微笑みが漏れてしまう。
――あれから、季節は巡った。
結婚式を挙げるのは俺が手に職を付けてから、っていうことで、今はひとまず大学とバイトと家を往復する生活を続けていた。引っ越した先のアパートは魔物娘のために作られたものらしくて、はるは大家のサキュバスさんとすぐに打ち解けていた。それどころか若干家賃を下げるまでお願いしてきてくれたんですが。良妻というかコミュ力が凄まじいというか。
俺が大学やバイトに行ってる間ははるもバイトしてるとのことで、初めて出会った時のように完璧に擬態をしていた。既に伴侶を見つけた魔物娘が人間に擬態する場合、美人や不細工ではなく当たり障りのない感じの雰囲気になるそうな。人々に印象が残らず、しっかり社会に参加してはいるけど、誰かしらと必要以上に関わり合いになることはないとか。魔法ってすごい。
で、まあ、毎日必ず夜には家にふたりとも揃ってるようにして。さくばんはおたのしみでしたね、的な。魔物娘だし。バテずについていけてる自分が怖い。
昨日もしっかりしっぽりしてしまったんですが、ああいうときに見せてくれるデーモンとしての艶やかな妖しさと、こうしてのんきに寝てる彼女の表情がまたギャップがあって……収まれ朝特有の生理現象。
このまま篭ってると、彼女が起きたときになし崩し的にファーストラウンドが始まってしまうこともそれなりにあったりするので、いくらなんでもそれは不健全すぎるから避けておきたい。いつも通り、早起きできた自分の方から今日の朝餉を作るとしよう。そう考えてはるを起こさないように足を出して床に付けると、
「つぉあっ」
「ん、………………んー?」
びっくりして思わず布団の中の彼女に抱きついてしまった。当然のごとく起きてしまうが、いやこれはなんでも仕方ない。床のフローリングがめちゃめちゃ極寒だったんだ。
ふたり分の熱量が布団に篭っていたせいで、すっかり今の季節を忘れてしまっていた。もう初冬に入ってる。掛け布団に覆われない顔は凍えるし、床だって氷みたいになる季節だ。ただ、それにしてもこれはちょっと冷えすぎじゃないかと思う。うーん、これはもしや。
「ゆーくーん」
「ごめん、起こしちゃって。そんなつもりじゃなかったんだけど」
「いいよー。おはよ」
「ん、おはよう」
あくびをむにゃむにゃ噛み殺しながら、寝ぼけた声で甘えてくる彼女。首から下を布団の中に埋めたままだから、さっきの俺と同じく寒さに気づいていないようだ。よし。
「わたしはにどねしまーす」
「布団が吹っ飛んだああああああああ!」
「へああああああさっむ!さっむ!!」
思いっきり掛け布団をひっぺがした。はるのネグリジェ姿が露わになり、熱を奪われてごろんごろんと身悶える。やったぜ。満足した。
やりきった男の顔で一息を吐くと、その一瞬後に俺は土下座をしていた。
「ゆうくん?」
「ごめんなさいもうしません」
「……わかってるよね?」
「はい……」
「よろしい。じゃ、それはあとにしてー、……なんだか今日すごく寒くない?」
もうワンテンポだけ謝るのが遅れていたら、絶対にまずいことになっていた。彼女との生活の中で、こうした悪戯はイチャつきの一環として日常的になっていたけど、はるが身体からおびただしい量の魔力を浮かべているときはマジギレ寸前なので謝るしかない。
今夜は覚
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