――がつん、と一際高い金属音が響くと同時に、肌色の塊が宙を飛んで土壁に貼り付けられる。
ぐるぐる目を回してカエルめいて無様に伸びたそれは、人間が住む村々や町を脅かす凶暴な魔物娘のオークであり、――それがこの一人のみではあらず、洞窟内の至るところで気絶していた。
年頃の娘がしてちゃいけないような格好やアホ面ばかりではあるが、しかし曲がりなりにもオークは魔物娘。十や二十では効かない数のオークを気絶させられる戦闘能力となると、只者ではないのは明らかだ。
その渦中に立つもの、正しく大勢のオークを打ち倒した男は、金の髪を汗に濡らして洞窟の奥部を睨みつけていた。決して悪くない顔立ち、重厚な鎧、幅広の剣。そして魔物娘を相手に気絶までという手加減をした上で大立ち回りできるほどの腕前。
その身に勇者の力はないが、研鑽あれば高みに近づける。それを体現したかのような威風だ。
「ヘッ、やるじゃあねーかァ! 見事なもんだな、アタシを引っ張り出すなんてよォ!」
男が睨む洞窟の闇から、ぱちりぱちりと乾いた拍手をしながら、それは緩やかに姿を現した。
高位の魔物娘である証の、透き通るような白い髪。片方をアイパッチで隠され、その代わりにぎらぎらと松明の火を跳ね返す、鋭い黄金の単瞳。闇に紛れ込むかのような、男好きのする柔らかい肉付きの肉体。特に豊かに主張するのは歩く度にぷるんぷるんと弾む爆乳だ。他にも目を引くのは、何頭もの魔界豚を仕留めたのだろうと察せられる、頭や肩や斧に装飾されたスカル・トロフィー。そしてなにより、その存在から発せられる圧倒的なまでの力強い魔力が、大気を震わせていた。
男は思わず、三日月を描くように唇を歪める。
「お前がこいつらのリーダー……ハイオークだな」
「おうとも。そういうお前は、まあどうでもいいな。どうせアタシに負けちまうからなァ?」
ざくり、ざくり、と両者の足が土床を踏んで互いに近づいていく。
ゆっくりと、間合いを測るように。それはまるで、惹かれ合う男女の一時の逢瀬。
「待ち焦がれた。お前に会いたかったんだ」
「アタシもさ。ニンゲンってなぁ、こいつらが群れてるってなるとすーぐ逃げるからなァ。ずーっと……待ってたんだぜ? オマエみたいなやつをさ――」
二人の距離はいまや二馬身。あと一歩踏み込めば互いの殺傷半径がぶつかる限界。
そこで示し合わせたかのように立ち止まり、戦闘狂どもの睦言を奏でる。
「アタシが勝ったら、オマエは奴隷だ。アタシの望んだ時にチンポを立たせ、アタシの望んだ時に射精するだけの、惨めなチンポ奴隷になるのさ。嬉しいよなァ? セックスのためだけに生きて、セックスのためだけに眠って――そうしてアタシに媚びへつらう。待ち侘びたよ、ホントにさァ!」
「いいだろう。お前が俺に勝てば、俺は喜んでお前に跪いてやる」
べろり、と舌で唇を湿らせるハイオーク。その全身が興奮に満ち、下着を蒸れさせる。彼女はいわゆる夢見る乙女であった。自分に相応しい戦いができる相手を見つけることが至上命題であり、そんな相手が出てくることを願って勝手に慕ってくるオークたちを指揮し、村や町に被害を加えて挑戦者を待ち受ける。ちょっと迷惑すぎる構ってちゃんであったのだ。
それに対し、挑戦者たる男は――
「もしも俺がお前に勝ったら、結婚してくれ」
「ああ、わかっ――――ん、ぇえ?」
「人里は嫌だろうから、山奥にコテージを用意してある。どういう趣味なのかわかってないから、家具はまだベッドくらいしかないんだが」
「いや、ちょ、いやいやいやいや待て待て待て! え、結婚? アタシお嫁さん?」
「そうだが?」
「そうだがじゃないが!!」
ハイオークは混乱している。
それもそうだ。ハイオークだって、自分が今までやってきたことは知っている。山道で怪我した旅人を見つければ手当てをしてやって最寄りの村まで運び、食料庫から酒や肉を盗んだり。あるいは、迷子になった子どもを宥めすかしながらお家まで連れていって、夕食を頂いたり。直近でも、これだけ近隣の村を脅かしているのだ。彼の靴を舐めてでも助命を嘆願しなければいけないと思っていた。
なのに、結婚だなんて――ハイオークの念願の、お嫁さんなんて。
彼女の足を竦ませ、怖気づかせるには十分の言葉だった。
「そ、それじゃあ勝っても負けても一緒じゃねえか!? なに考えてんだ!?」
「一緒じゃない。どちらが強いかをはっきりさせるのは大事だ」
「それはそうかもだけど……」
ハイオークはさらに混乱している。
思い描くのは、もしもハイオークが負けてしまった場合。そんなことはありえなくて、オークたちを秒殺したからって言っても負けるとは限らないし、まあ万に一つくらいは負けるかもしれないけれど――その万に一
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