先輩と飼育

 今日の昼休みの先輩は、いつもと比べてかなり大人しい。だからといって何かが気に入らないというわけでもなく、頬を緩ませながら鼻歌を歌っていた。

「〜〜〜♪」
「ご機嫌ですね」
「私の視界に、私の好きなものが一つ増えたからね」

 先輩の指先でちゃらちゃら音を立てて揺れる、いくつかのキーホルダー。
 思わず懐かしいと言ってしまうくらい、昔に流行ったコンテンツだ。不良のワーキャットとスフィンクスと猫又とケットシーの四匹が集まり、「しゃぶってんじゃねーぞ」と可愛い顔でガン垂れている一枚の写真が代名詞となっている、いわゆる「しゃぶ猫」ってやつだった。

「まさかガチャガチャでまだ出てるとは思わなかったな。ふふふ」
「遠出してみるもんでしたね。昨日は本当に楽しめました」
「青天の霹靂だったよ。予想外の出費だったが、クレーンゲームじゃなかった分まだマシかな」
「そうですね……」

 先輩はああいうのやると意固地になるからな。
 昨日のデートは、電車を乗り継いで都会の方に出てみたいという先輩の要望を汲んだものだった。単純にウィンドウショッピングするだけでも楽しかったけど、先輩がこんなに喜んでくれるようなものがあったことがなにより良かった。

「そんなに好きなんですか、しゃぶ猫」
「とても可愛いだろう。一番人気のペルシャちゃんは、ケットシーらしくキリッと気品があって不良姿とのギャップが素晴らしいと思うんだ」
「そうですかね……?」

 この子の場合だと、キリッとしているというよりかは夫に飛びかかるために力を溜めている前段階のように見えるんだけど、まあ捉え方は人それぞれだし……。

「いいなあ猫。可愛いなあ」
「そいつら魔物ですよ、先輩」
「可愛いということでは、動物も魔物も変わらないさ。愛でられるかどうかの差かな」
「そのキーホルダーは愛でてるわけじゃないんですか?」
「ファンとしてグッズを買う行為は、愛でるとは言わないと思うな。投資行為だよ、このアイドルをもっと活動させてくださいってね」

 私個人の意見だがね、と至極真面目な話をしつつ、少女のような純粋さのある微笑みでキーホルダーを眺める先輩。この人の方が可愛くないか?もう既にファンみたいなものだけども。

「まあ、愛でるという行為をしたい気持ちもあるけどね。ペット欲しいなぁ、飼いたいなぁ」
「飼わないんですか?」
「飼えないんだよ、うちのマンションはペット禁止。隠れて飼うのもアリかもしれないが、管理人さんにバレたら叩き出されるからね」
「なるほど。そりゃ飼えませんね」

 納得だった。今時のマンションって、サバトやリッチに魔法を委託して警報システムを作り上げてるらしいからな。火災や不審者はもちろんのこと、家賃滞納とか騒音にも対応してると聞く。ペットなんてのもきっと、警報に引っかかるだろう。
 魔物娘は過保護すぎ、と言われる所以の一つだ。

「そういえば、きみは犬と猫のどちらかを飼うとしたらどっちだ?」
「うーん。どっちでもいいですけど、個人的には犬ですかね」
「ふむ。犬もいいよな、健気で元気で幸せそうで。きみも犬っぽい性格してるよ」
「……あの、なんでいきなり俺にドッジボール仕掛けてくるんですか?」
「ふふ、豪速球だったかな」

 犬か……俺は犬なのか……。
 いやいやそんなことはないだろうと自分の記憶を引っ張りだすと、先輩とのデートはわりと犬になってる感じが否めなかった。とてもつらい。

「別に犬は悪くないだろう?不思議の国だと、男性が犬になるアトラクションは人気だそうだ」
「それ、動物系の変身魔法は下半身も動物になるからでしょうよ……」
「いいじゃないか、獣セックスなんてそうそう出来ることじゃない。どんな酒があるのか気になるし、私はすごく行ってみたい」
「先輩と行くと絶対ろくな目にあわないと思うんですけど……」
「不思議の国自体がろくなところじゃないだろう?」

 そうでした。
 まあ、一回くらいなら旅行しにいくのも楽しそうではある。

「しかし、後輩は犬か。そうなると、今度はペットショップにデートだな」
「え、なんでですか?飼えないんじゃ?」
「それはもちろん――」

 こちらの胸ぐらを乱暴に掴んで引き寄せ、突然のことで反応できない俺に、先輩は妖艶に笑う。

「きみの首を引っ張るなら、リードがあると便利だろう?」

 いちいちこうしなくても済むからね、と軽い口付けを交える先輩。
 ……こんなのでときめく俺は、もう既に彼女に調教されているのかもしれない。





「じゃーん」
「……一応聞いてあげますけど、なんですかこれ」

 先輩がドヤ顔で見せつけてきた、角の丸い菱型の物体。前面部に液晶があって、角の一つに集音器のような出っ張りがついている。その反対側にスピーカー。なんだこれ。
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