カーテンの向こうから、子どもたちがはしゃぐ声が聞こえる。
子どもたちのなかでも特別やんちゃな子がいるのか、わあわあと楽しそうな様子だ。
こういう行事は彼ら彼女らが主役になる。興奮するのも無理はない。
だから、悪気もなく――無意識に、彼女を見つめてしまう。
「お兄さん?」
「ん――ああ、いや。なんでもないよ」
「ハロウィンのこと、考えてたよね」
「……うん」
俺が聞こえたのなら、彼女にだって聞こえる。同じプロセスを行える。
いま、一緒にソファに座ってこちらにもたれかかっている彼女――年端もいかない少女は、外の子たちのようにはしゃいだりはしなかった。お菓子をねだることも、イタズラもしない。
ただ、こうしてずっと、俺の隣にいる。一緒にご飯食べて、テレビでも見て。
そこにハロウィンなんてものは関係ない。
足下まで伸びた白い髪の間で、くりくりと大きな赤い眼が揺れる。
「わたしはね、お菓子なんていらないの。いたずらもしたくない」
「……。うん。偉いね」
「そうかな。お菓子よりいたずらより、お兄さんが大好きなだけだから」
「そっか。俺の方が大好きだけどな」
真っ白なワンピースから伸びた細い足が、感情の発露先として前後を往復する。
そうかな、と再び呟いた彼女は、言葉より身体で歓喜を表すことにしたみたいだった。素直に微笑ましく思い、彼女が肌身離さず着けている大きな白い帽子ごしに、小さく頭を撫でてやる。
少女はくすぐったそうに目を細め、もっと密着するためにこちらへ身体を預ける。
その隙に時計を見た。まだ少し時間がある。風呂は――あとのほうがいいか。
「……でも、友だちはいるんだろ」
「いるよ。わたしとおんなじだけど、わたしとちがう子たち」
「その子たちから誘われなかった?」
「誘われたけど……さっきと同じこと言ったら、ずるいって言われた」
「そっか。ずるいか。そうだよな」
「わたしのほうがお姉さんだもん。ハロウィンは卒業」
「お姉さんらしく、友だちに優しくしなよ」
「うん。友だちも好きだから」
……魔物娘、か。
女性は小さな頃からシンデレラに憧れるというけれど、それなら彼女は正しく、魔物娘の子どもたちからはシンデレラのように見えるのだろうか。
あるいは白雪姫かもしれない。眠りから覚めた美少女。
魔女にかけられた呪いが、王子様の口付けによって解かれる……ああ、しっくりくる。こんなことを彼女に言ったら、真っ赤になってしまうかもしれないな。
玄関の方――そこに立てかけられたモノを一瞥して、彼女に視線を戻す。
「でもね。友だちも、みんな好きな子がいるんだって。やさしい男子とか、頭のいい男子とか」
「まだ、……くっついたりしてないの?」
「先生が教えてくれるまでダメだって、お母さんに言われたみたい」
「うん……そうだね。普通は、まだ早いよ」
「そうなの?」
わたしはできたのに。
不思議そうに呟く少女。片腕に収まる矮躯。その実感が、俺の胸を突き刺す。
気を失いそうになるほどの痛み。脳裏にこびりついた記憶が反射して想起されて、額に脂汗が吹き出す。同時に安心する。まだ、薄れていない。
「また、考え事?」
「ん――ちょっとね。心配しないで」
「でも……」
案じてくれている。甘えん坊で優しい、とてもいい子だ。
俺には不釣り合いなほどに。
「具合悪いなら、もう寝る?」
「大丈夫大丈夫。ありがとう」
「大丈夫じゃないよ。苦しいなら、はんぶんこしよ? ほら」
そう言って俺の膝上を跨ぎ、正面から抱き締めてきた。
ふわりと舞う甘酸っぱい匂いが鼻孔をくすぐる。
少女の薄い胸がこちらとくっついて、とくんとくんとかわいらしい拍動が伝わってくる。小さな身体の全体へと懸命にエネルギーを送る、頑張り屋な心臓。
背丈でいえば彼女こそ俺の半分ほどしかない。苦しさの半分を彼女に背負われたら、彼女には苦しさしかなくなってしまうだろう。そんなのは俺も嫌だ。
だけど――
「わたしは、あなたのお嫁さんだもん」
「っ……」
少女はより深く俺の心に突き刺していく。
罪悪の棘を。責任の刃を。愛情の毒を。
白雪姫を起こした王子様はどうなったか、そういえばよく知らない。そんなどうでもいい思考がかえって頭の中で目立ってしまう。ハッピーエンドだといいんだが。
押し出されるように吐いた溜め息が、少女の白い髪を揺らした。
「……そういえば。映画、つまんなかった?」
「つまんなかった。頭つるつるのおじさんが銃をバンバンするやつがいい」
「なんでそんなステイサム好きなの……」
「強いから!」
彼女にホラーは効かないらしい。テレビで流れてる間中、不思議そうな顔してたな。
ハロウィン特番ってのも大したことないようだ。彼女が特別
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