木漏れ日が差し込む街道では、春の安穏な空気に反して常に警戒をしなければならない。
特に、森を横切る形で敷設されたこの石畳の道は、両横からの木々や茂みの侵食を跳ね返すことはできていても、森の暗がりについては一切関与しないことだし、それを悪用するものたちについてもそうだ。
山賊、獣、魔物。何が襲ってきても不思議ではないというのが、残念ながらこの街道への正しい評価だ。
「そういうわけなので、日没前に出来る限り距離を稼ぎたいですね」
「……」
外套を纏った長身の男は共に歩く小柄な女性に話しかけ、それでもやっぱり彼女が黙ったままだったので、絞りだすように小さくため息をついた。無視されるのは寂しいというのは男女関係なく当たり前のことだ。
クロークを着た女性は彼の腰から腹ほどの身長しかなく、子どものようにしか見えない。顔以外を柔らかく包む濃紺のベールからちらちらと溢れる燃えるような赤い髪に、鋭さのある吊り目と可愛らしい小鼻、そしてむっつりと不機嫌そうに引き結んだ唇。身長だけを見て一概に子どもだと断言するには少し大人びた風情が伺える。
東洋顔の長身の男は頬を掻き、なにかを言おうとして彼女の方を見て、目を逸らして飲み込む。朝に街を出てから彼女はずっとこの様子で、話そうとする気配がない。空気は最悪だし歩くことを楽しむ気分にもなれなくて、男は困っていた。
「……師匠?」
「……」
呼びかけても反応はせず、黙々と歩いていく。一歩で進める距離は明らかに男の方が大きいのに、彼女はそれを感じさせない早足で男の少し前を進み、男を置いてけぼりにしていくのではないかと思えるほどにペースが速い。
だが、ついていけないペースでもない。その辺のほんの少しの配慮が可愛いとは思いつつも、だったらなんでそんなぶすっとしてるのか教えてくれ、と彼は声も出さずに苦笑いする。
そんな折だ。
右横の森から矢が飛来し、二人の足元にどすりと突き立った。
「おっと」
「……はぁ」
それを見て二人は足を止め、すぐに両脇からぞろぞろと不潔な見た目の連中が武器を携えて現れる。野盗だ。
多少は統率が取れてるのか、取り囲むように並んで武器を構えて威圧さえしてくる。二人は自然と背中合わせになるが、二人とも徒手であり武器は見受けられない。旅用の荷物だけは立派だが、それ以外は不用心にもほどがあるので、ただのカモだと思われたらしい。
「十二人。私が十」
「やっと喋ってくれた……」
「お前は外の弓兵二人だ」
ぼそぼそと二人が耳打ちしている内に、この山賊どもを率いているらしい偉そうな男が下卑た笑みを見せながら近づいてくる。皮鎧で身体を包んではいるが、手にしている長剣はよく整備された代物だ。
いや、その頭目だけじゃない。包囲を形成している手下たちでさえも、武器は賊にしてはしっかりとしている。
「運が悪かったなぁ、旅の途中でよぉ。護衛の一人も雇えなかったのかぁ、お父さん?ハッハ」
「師匠が娘ってことですかね」
「師匠?あぁ?とりあえず荷物置いて――」
油断しきった表情で、のんきにてこてこ近づいてきたこの頭目が悪かっただけの話だ。
ぶわりと風が巻き起こり、一息で頭目の横脇に潜り込んだ小柄な女性――師匠と呼ばれた火鼠が、頭目の脇腹に両手を添える。文字通り、怒りに燃える両手を。
「え?」
「吹っ飛べ、小童」
その一言と共に、彼女は地面を揺れさせるほど強く一歩を踏み込み、両腕を真っ直ぐ一直線に突き出した。彼女が行ったのはそれだけの所作だった。
そして、それだけで皮鎧と筋肉で出来た男が軽々と吹き飛んだ。誰もがリアクションできない間に頭目はかっ飛んでいき、ぼけっとしていた手下二人を巻き込んで街道傍の樹木に叩きつけられた。
師匠と呼ばれる女性はクロークを放り捨て、ベールも取り去る。赤い髪の頭頂に生えた丸っこい耳と火を放つ細い尻尾だけで、彼女は魔物だと誰もが確信できるだろう。そして何より目を引くのは、両の拳で燃え盛る赤い炎。よく観察してみれば、火元は彼女の手首から滲み出している。普通の火ではないことは確かだ。
この後のことを少しだけ心配しながら、男性も荷物を置く。
「あ、師匠。塒を聞き出すのは」
「ヤンがやれ」
「はい」
「……うっ、うおおおおおおおおおお!!」
なんの気負いもないその会話でようやく硬直が解けたのか、統率を失った手下たちは一拍遅れてヤケクソ気味な喊声を上げる。困惑、怒り、破れかぶれの勢いだけの裂帛。
彼ら野盗は、敗残兵だった。過激派の魔物たちの侵攻に対して衝突し、勝てないことを悟って逃げ、支給された装備をそのままに賊に成り下がり、こうして街道で待ち伏せをして馬車や旅人を襲撃して暮らしていた。形勢の悪い相手は見過ごし、勝てる相手だけに、だ。
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