墓守



 魔物が人間を殺すだとか、世界は闇に包まれるだとか、そういった数世紀遅れた価値観はこの西の辺鄙なオーリオ村にすらも消え失せていて、かといって魔物が人間を魅了して男性を殺すとか女性を魔物に変えるとかをやめたわけではなかった。というのはつまり、魔物の性質の暴力が淫蕩へと変わったらしかった。なんでも男性の精を全ての魔物が糧にしていて、魔物は生まれもって男性を飼い慣らす術に長けていて、しかし実のところほとんどの魔物には弱点があり、それを発見さえできれば逆に男性が魔物を飼うなどということもできるようである。実際に何件も、男性と魔物が結婚して子を成したという話が聞こえてくるし、ドイテやホランスなどの国では魔物が作るエールや魔物が作る美食などが最近流行っていると村の若者の下らないお喋りの中で上がっていた。
 私は墓守の仕事を父親から引き継いだ時、当時の若者たちの間に蔓延っていた自分が愛すべき魔物を捜しに行く旅のことを正直のところしてみたいとは思っていた。何世紀も前は魔王を倒すために勇者として冒険しに行き途中で野垂れ死ぬかあっけなく魔物の腹に収まるかしていたという話だが、今の時代ではそういった死の危険性は魔物が隠れ潜む村や洞窟へ行き一生家畜として飼われるくらいのもので、たとえば藪に石を投げれば怒ったラミアが石を投げた本人に対して求愛をしてくる、などという冗談も生まれてくるくらい気楽なものだった。しかし結局私がこの自然に包まれて畑仕事か土に包まれて墓仕事するという生活を選んだのは、紛れもなくこの村に好意を抱いているからだった。それだけではなく、ヨアンナ・ボールンという名の綺麗な碧色の眼をした娘に恋い焦がれていたからに違いなかった。けれども思春期のうぶな私は彼女へ求婚する甲斐性もなく、しかし彼女と親密になろうとして幾度も話をした。老齢になった今でも、あのときの彼女の綺麗な瞳と心にすっと入り込むような高い美声と私の顔を熱くさせる笑顔を思い出せる。
 今となっては笑い話だが、私が十四でヨアンナが十三のころ、ひどい失敗をしたことがある。あのときの失敗はしばらく彼女の前に現れるのをひどく恐れ、彼女に嫌われてしまったと一週間に渡って堅いマットレスの上で頭を抱えて寝転がっていた。かといって親にことの顛末を話すのも確実に怒られると思って話せず、母親は非常に心配をした。その後父親に促されてなんとかヨアンナに面と向かうことができたが、拍子抜けするくらい彼女は何とも思っていなかった。その失敗をなんとかして後ろに回そうと文を連ねている今も、その失敗のことを恥ずかしく思っているからなのだろう。結論から言えば、失敗というのはなんとも間抜けな一言を発したからだった。そのときはようやく雪が溶けて春が訪れたので、雪遊びは出来なくなったことを残念に思っていたことを覚えている。いや、私は雪が好きで、できることなら春夏秋冬ではなく春冬秋冬と来てほしいくらい暑いのが苦手だが、しかしヨアンナと一緒に遊べると考えればどの季節も天国のように感じられた。雪が溶けると山から来る川の水が増えて冷たくなり、春なので温度差に少し暑く思えて、ますます雪解け水が美味しく感じられた。しかし土はそうはいかず、あらゆるところが湿って泥くちゃだった。子供には汚い泥もおもちゃの一つなので、村の子供たちはみんな一斉に泥団子を作り始めた。十を過ぎると畑仕事を手伝わされるようになるが、確かその失敗をした日は安息日だった。私とヨアンナは子供のお守りをさせられ、まあすることもないのでとりあえず泥団子を作らせておけば大人しくするだろうと思ったし、子供たちがあっちこっちの土を掘り返して服が泥だらけになって母親たちに怒られるのを忘れていたことを除けば、みんなしっかりと泥を固めたちゃちな団子を作っていた。私とヨアンナは取り留めのない話をしていて、なんだったか、たぶんヨアンナから股から血が流れることを相談されていた。今でこそこの村にも基本教育のための学校があるが、その当時は全く性教育がなされていなかったので、毎月股から血が流れるのは女性限定らしいという話を聞かされたときも感心していた。ほほうなるほど、俺の股から血が流れたらたぶん失神すると思う、とか言って相づちを打っていたに違いない。そのころの私はとにかくヨアンナの体の発達に感心していて、綺麗なストレートの栗毛がヨアンナのワンピースの上にかかり、まあこのくらいの男の感心するところと言えば決まっていて、とにかくその二つの大きな山脈に横目でちらりちらりと覗きながらヨアンナの美声を脳に焼き付けていた。ふと甲高い声がかかって振り返ると、子供たちのうち二人の男子がなにやら言い争っていた。次第に殴りあう喧嘩に発展して、近くで泣いていた女の子にヨアンナがいきさつを聞いてみれば、二人はどっちの団
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