荒れ野に咲くは黄金の花

 腰に吊り下げたランタンに火を灯す。パッと周囲が明るくなって、思わず目を細める。
 持ち出せたものは最低限の旅装。毛皮のクローク、物入れの革袋、数日分の糧食と水。
 不安になるほど貧相だ。でも夜逃げにはこれら以上に必要なものなんてない。
 さよならだ。


 野盗や野獣どもに襲われたり、水場が見つからなかったり飢え死にしたりはするかもしれない。だがあそこでじわじわと死ぬよりはマシだと思えた。
 最後にもう一度振り返って、深呼吸をする。遠くに見える、生まれ故郷。ちっぽけな城と、ちっぽけな街と、指先程度の防壁。子どもの頃には、あの城下町に住んでいるということがこの上なく頼もしく思えたのに。
 いま見えるのは、くすんだ色で鬱屈した手のひらサイズの牢獄。反魔物、反贅沢、反自由。クソ食らえ。他の奴らは知らない。俺は俺だけが抜け出せるタイミングで抜けだした。

 逃げることに躊躇いはなかった。親は既に死んでいる。姉は貴族が攫っていった。俺の手の中に残ったものは全て背嚢の中にしかない。一から何かを積み立てるというのなら、わざわざ牢獄でやる必要もない。俺は俺が納得した道で生きて、納得して死ぬ道を選ぶ。
 さよならだ。この荒野の道の先にあるのが破滅しかないとしても。


 夜通し歩いてようやく水場を見つけ、そこで火を起こし数時間ほど眠ってから飲食を済ませ、再び街とは反対の方向へ歩き出した。

 野獣でも魔物でも、どっちにしろ襲われるのは怖い。こっちは丸腰だ。槍の一本どころか、ナイフ一つもない。山猫やゴブリンに出くわせば、そこでお陀仏だろう。
 そうなる前に出来る限り前に進んで、どこかの村か町にたどり着ければいい。地図なんて高価なものは当然持っていないし、旅の心得なんてのもろくに知らない。牢獄から抜けだしたところで、真っ暗闇の中を手探りで進むはめになるのはしょうがない。

 城の地下にある牢屋を一度見たことがある。そこもほとんど暗闇で、壁にかかった僅かな松明がせいぜいの光源だった。ひどい臭いが立ち込めていたし、入る気は起こらなかった。
 たぶん、今はまだ牢獄から完全に抜け出せていないんだろう。だが檻からは出る事ができた。今はそれで十分だ。
 御者も通らない、旅人ですら歩かない荒野を、勢いに任せてひたすら歩きに歩く。


 昼はからからに乾いた空気と遮るもののない日差しが身体を苛み、夜は一転して冬のような寒さが襲ってくる。恐らく街はここいらでも過ごしやすい場所にできていたんだな。あの辺りから緑も増え始めるし、町を形成し始めた当初はオアシスだったとも聞いた。

 あの町は貿易の拠点だ。人の行き来は多い。きっといろんな国や団体の応対をしているせいでカモにされたんだろうが、いつの間にか領主は主神教団に心酔していて、方針がどんどんそっちに染まっていくうちに、主神教団に従わないものには重い処罰を与えるようにさえなっていた。貿易拠点の領主というだけなのに、まるで昔話の暴君のように振る舞う。誰も暴走を止めることは出来なかった。貿易拠点の領主という地位にはそれだけの影響力があった。
 過ごしやすい牢獄で少しずつ緩やかに死を迎えるか、暗中模索を続けながら飢えと戦うか。

 戻ったほうがいいんじゃないか、なんて悪魔の囁きに耐えながら、数日ほど歩き続けた。


 すぐに食料が尽きた。水の蒸留なんてこともできなかったから、腹痛を承知で池の水を飲み、汲んで革水筒に保存するしかなかった。すべて覚悟の上だ。
 それでも歩き続けた。腹を減らし、腹痛に耐え、いずれ死ぬ事に恐怖しながら。
 しんどい、辛い、やはり無理だったのかもしれない。いくら歩けども、荒野は終わらない。

 幸運だったのは、それまで野獣にも魔物にも出会わなかったこと。一応それらしきものたちの痕跡があれば避けるようにしたし、茂みの暗がりや岩の隙間などにも近づかないようにしていた。
 生きることにかけて一切妥協しない。生きたいと願いながら死ぬ。納得できる終わりだ。


 そうして、十日から二週間ほど過ぎた辺り。

 距離は200キロメートル以上は稼いだか。厳しい環境の荒野に隣接した街などはなかったし、森も木立も川も見つけることはできなかった。
 優れた旅人であれば、こんなに歩かなくたって既にどこかの村を見つけているだろうし、一宿一飯の恩を返して別の町や村に向かって歩き出しているかもしれない。
 俺にそんな技術も才能もない。ただ運が良かったからここまで歩いてこられた。

 それで結局、俺はただ運が良いだけの男だった。

「……匂いがする」

 思わず呟いたのは、朦朧とする意識を繋ぎ止めるための本能の行動だった。
 鼻をくすぐる、蜂蜜のようなプラムのような、なんだかよくわからないが甘い匂い。
 目を擦り、辺りを見渡した。相
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