甘い匂い。
ふわふわした甘い匂いが、頭をふわふわにさせてくる。
ダメになる匂いだ。堕落して堕落して、ゆるゆるになっちゃう匂いだ。心が穏やかになって、鼻の下が伸びて、顔面の筋肉がストライキ起こして、全身に力が入らなくなって、とにかくダメになる。
でも、いまでは自制は必要なくなった。はるさんを思いっきり抱きしめて彼女に埋もれても問題なくなった。だって、
「俺は……やった……」
「うんうん、よくがんばりました。えらいねー……」
死に物狂いの奮闘で、どうにかこうにか志望校のボーダーラインより上に入ることが出来たんだから。そうして合格した。ギリギリだけど。
詰め込みと一夜漬けと反復学習と、やれるだけのことをやって、本当にどうにかこうにかした。そのために、はるさんに甘える回数さえも出来る限り減らした。
つらかった。勉強は嫌いじゃないって思ってたけど、嫌いになってしまうくらいにつらかった。はるさんがいなかったら病んでたかもしれない。彼女の笑顔と温もりと、そばに居てくれることが心強かった。
「しあわせ……」
「いっぱい噛み締めてね。鷹見くんの好きなだけ」
ベッドに座った彼女の柔らかいお腹へ、すりすりと頭を押し付けるように腰回りを抱き締める。はるさんは少しも嫌がらず、ただ微笑みながら頭を撫でてくれる。なにもかもがどろっどろにほどけてしまいそうだ。頭がばかになる。幸せには中毒性があるってことは、もう身に沁みて理解してしまった。
吐息が深くあふれていく。なんで幸せなときってこう、深呼吸しちゃうかな。ベッドの上で横になってるだけでもそれなりに幸せだけど、いまはその上はるさんの膝枕がある。俺だけで世界が救えそうなくらいに幸せエントロピー増大中。
はるさんのお腹に密着した耳から聞こえる、彼女の胎内の拍動。これも幸福感の原因の一つかな。すごく落ち着くリズム。
「よしよし……がんばったがんばった」
「もう死んでもいい……」
「よくないよー、もー」
冗談だけど、ここで死んだら未練なく成仏できそうなくらいに幸せだ。
はるさんから与えられた、いろんな幸せ。これで少しは報いることができたかな。どうだろ。まだまだ彼女からもらったものは返せてないし、返しきれないかもだけど。ていうか現在進行形で貰ってるもんな。
でも、とにかくよかった。清々しい気分だ。いまはただ、はるさんの温もりが曇り一つなく受け止められる。
「……ほんとに液体になりそう」
「え、スライム?」
「ちがうけど……しあわせすぎて、スライムになりそう」
「ふふっ、スライムインキュバスになっちゃうのかな」
つんつん、とはるさんの人差し指が俺の緩んだ頬をつついてくる。スライムだったらするっと飲み込んじゃうんだろうな。俺はまだまだスライムになれそうにない。そもそも人間だし、男だし。
頭がふわっふわしてる。スポンジケーキだ。はるさんの匂いがホイップクリームになってしまった。もう自分がなに考えてるかよくわからなくなってきた。
「あ〜〜〜〜……動きたくない……ずっとはるさんの身体にひっついて過ごしたい」
「おトイレ行けなくなっちゃうから、ずっとはだめだなー」
「じゃあ、ほとんど……」
「ふふ、ぼんやりしてるなぁ」
だって、それが許されるから。今日くらいは。
自分を追い詰めて勉強して勉強して、そうしてようやくセンター試験を乗り切って進路が定まって、一段落したんだしさ。
きっとこれからもいろいろなことが壁として立ち塞がってくるだろうし、逃げずに立ち向かわなきゃいけない。逃げたとしても、はるさんはただ微笑みながら許してくれると思う。でも、逃げたら自分が追いかけてくる。お前はダメな奴だと自分が叫んでくる。それはもう嫌だ。
俺は、はるさんが大好きだ。はるさんも大好きだと言ってくれた。彼女とずっと一緒にいることに決めたし、彼女を幸せにすると誓った。彼女に嘘をつくのは絶対にしたくない。――きみににあう、ぼくになりたい。
……とかなんとか、かっこいいことを並べてもはるさんに甘えてるわけだから説得力がない。こんなもんだ。完璧超人にはなれないっす。
「ぎゅーってしてるのもいいけどねー」
「ん?」
「……しなくていいの?」
「……んー」
こうやって向こうから催促してくるの本当卑怯だと思う。どっちつかずの曖昧な返事をしてしまうのは、ちょっとだけでもかっこつけたいからだ。断る理由なんてないんだけどな。
する前の雰囲気も好きだ。まったりしていて、お互いに身体も心も絡み合って、一つになる前の緩んだ空気。もうちょっと味わっていたい。今日の俺は贅沢したい気分。
はるさんは少しだけ困ったような、満更でもないような表情で俺を優しく見下ろしてくる。うつ伏せにしていた身体を動かして仰向けになり、
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