牝に堕ちる王

 むず、と股間が切なく疼くのを覚えたのが何よりも最初だった。
 次に目が開き、光と影が視界を埋め尽くした。ぼやけた輪郭が徐々に定かになっていくと、心底驚いた面持ちでじっとこちらを見下ろす男に気づく。年の頃は成人したばかりか、もしくはそれよりもう少し幼い程度か。百点満点の美形ではないが、悪くはない外見だ。
 我は寝ていたのか。石質のごつごつとした触感が背中と後頭部に主張してきているのを察し、不承不承ながら上体を起こす。

「う、わ」

 こちらを覗き込んでいた男は我が動くと同時に飛び退ったようで、寝ぼけ頭をかきむしりながら彼の方を見やると剣を鞘走っていた。しっかり全身を観察するに、仕立ての良い服の上に補助として鋳鉄を接ぎ当てている。腕部と胴、股間、膝を守る鋳鉄の配置からして、必要最低限に毛が生えた程度の軽装であろうか。
 暗殺者にしては面構えが柔らかいが、こんな顔の臣下も兵も見たことがない。謀反、というよりは護身のための構えだ。むずり。またも股間に何かが疼く。
 違和感でしかないそれを確認するために下を向くと、見慣れぬ身体になっていた。

「……女の胸だと?」

 むき出しで美しいピンク色の先端が見えている大きな乳房に、滑らかで瑞々しく肉の乗った肌。発声してわかったが、声も高くなっている。牝の身体だ。
 戸惑う。しっかり周囲を見回してみると、どうも寝床という雰囲気でもない。まるで霊廟だ。そして自分が寝ていた場所は外装だけやたらと華々しい棺桶であるし、自分が身に着けている装飾には強い保存魔術が掛かっている。まるで死者への手向けではないか。

「ああ……死んでいたのか、我は」

 導き出せる結論はこれしかない。何かがどうにかして、女になり……生き返った。そういうことなのだろうか。髪の色、肌の色は慣れ親しんだ砂漠の民の色だ。黒く艶やかな指触りのいい髪と、太陽に祝福された褐色の肌。
 はて死ぬ前は何がどうだったか、立ち上がりながら室内に描かれたいくつもの絵を見回しながら記憶を掘り起こそうとして、

「ここは、どこだ……?」

 何も思い出せないことに気づいた。自分が元男だったとか、一目で宝石に魔術が施されているのがわかるとか、そういうどうでもいいことは断片的に察することができた。しかし肝心要である、自らが治めていた国も地域も歴史も何もかもが記憶からすっぱりと消え失せている。
 再度、狼狽する。自分は王だった。それは当然のように身体に染み付いている。けれど、その地盤を思い起こすことができない。国は土地に根ざす民がいるからこそ国と形成し、それを率い纏め民をより良い道へと指し進めるのが王である。だのに、王という存在だけが宙ぶらりんとなっているのはどういうことだ。
 かちゃり、とどこからか音がする。そちらの方を向くと、先ほどの男がまだ剣を手にしていた。見慣れぬ構えだ。異邦の者か。剣一本を両手で持ち、盾を廃した戦闘態勢などは見たことがない。我のよく知る剣は盾とともにあった。

「おい」
「なんだ」
「っ、――」

 まただ。股間がきゅうと何かを訴えてきている。股間、というよりはもう少し頭の方に行った場所のようだ。膣の奥か?なんだ、我は目覚めて早速子作りというわけか。意味がわからん。
 男は二馬身の距離を維持したまま、ぴくりとも動かない。魔術の行使を視認すると同時に回避のために動ける距離だ。覚えている。

「我の名前を――ああ、いい。思い出した。そうだ、我はネフェリルカ。偉大なる祖父ウセルカと敬愛なる父サフルの息子であり、……」
「……続きを忘れちゃったかよ、美人さん」
「うむ……思い出せぬ。国も、地も、民も。この丁重な葬り方といい、死者を祀る場としてはこれ以上ない状態といい、我は民に愛されていたのだろう。その王が民を思い出せないなんてことが、あっていいのか……」
「は。魔物となったんじゃ、人間を統べる王としては役不足だってことじゃねーのか」

 ぐ、と一瞬のうちに時が圧縮する感覚。空間が固着し、脳裏が描いたように世界が変貌すると確信した。ばきり、と小気味いい音を立てて男が握っていた剣が割れ砕け、塵となって小さな砂山を男の足元に作り出す。

「口を慎めよ異邦の民。お前の住む世界は泥にあり、我の立つ世界は太陽にある」
「……かもな」

 なるほど確かにこの者の言う言葉にも一理ある。空間に満ちた魔力が自分の身体の一部のように感じられ、あるがまま思うがままに世の理を動かすことができるようだ。こんな芸当ができるのは魔物の他には神でしかない。そして、神の子は神になれない。故に我は魔物というわけだ。
 少し脅かしてやれば、もう減らず口を叩く余裕はなくなったようだった。獅子に睨まれた馬の子のように、逃げられないと悟りながらも逃げる算段を熟慮している様子。膣奥がむ
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