夢オチという言葉がある。
それまでの出来事は全て夢だった。大冒険をしても偉業を成しても世界の真実を得ても、それらは全て夢の中でのことだった、という物語の結末。
正直なところ、このデウス・エクス・マキナは好みじゃなかった。それまでに積み重ねたことが無駄になって、強引に終わらせる。物語としては悪い結末だろう。夢から醒めて現実と向き合う、そんなことは物語に求めていない。物語は夢を与えてくれるだけで良いんだ。
朝日が瞼の上をなぞって、睡眠から目覚めた。ちょっと首を巡らせて、壁にかかった時計を見る。いつも通りの起床時間だ。外から鳥達のやかましい囀りが聞こえる。鳥という生き物は縄張り争いをするために朝っぱらから鳴きまくってるんだ、と初めて知った時は迷惑だなとしか思えなかった。今もその気持ちは変わらない。うるさい。
「……夢だったのかな」
昨晩の出来事は、疲れた自分が見せた幻覚だったんだろうか。そうじゃない、はず。実際にあった出来事で、自分の記憶も正気も確かだ。そのはずだ。
はるさん、という女性に出会ったこと。
はるさんに料理を作ってもらい、食べたこと。
はるさんが魔物娘のデーモンであったこと。
そうして、はるさんと交際を始めたことを。
夢だとは思いたくない。
「――起きるか」
ベッドから上半身を起こし、両腕を上にあげて伸びをする。凝った身体が柔軟性を取り戻していく少し心地良い感覚は、今ここにいる自分は夢の中じゃないことを教えてくれる。
昨日のあの後、はるさんはすぐに帰った。素に戻ったはるさんも結局はるさんだったけど、泣き顔しか見ることはできなかったし、家に連れ込んだのに逃げられるなんてインポ野郎かよと揶揄されてもしょうがなかった。いや、そういうことがしたかったってわけじゃないけど。ちょっとくらいはあるかもだけど、それは男子の生理的ななんというか。……昨日得たものは、本当にこの手の内にあるのかな。
ダイニングに入り、冷蔵庫を開けて牛乳パックを取り出しながら、ちょっとだけ背後を振り返って室内を見回す。俺しか居ない、俺しか暮らしていないいつもの2LDKのマンションの一室。はるさんはいないし、はるさんの残り香だって霧散してる。確かに昨日は自分らしからぬイケメン具合だったよな。甲斐性ありすぎだろ。長い長い夢だったのかもしれない。
自分は受験生だ。今って大事な時に、女性に現を抜かすようなことはあってはならない。たぶん。昨日は本当に何もかもが上手く行きすぎていた。人生そんな都合よくいかない。夢、なんだ。
空っぽの胃の中から嘆息を漏らして、冷蔵庫の扉を閉める。コップを出すために食洗機のロックを解除して開いて、
「あ……」
しっかり乾いた、見慣れた皿や茶碗。昨日の生姜焼きを思い出す。はるさんが昨日使った食器は、俺が使う食器のローテーションの中にあるものだった。でも、その中でたった一つだけ、見慣れないものがあった。
箸やスプーンを入れておくためのスペースに、俺が使ったことのない無地の箸が収まっていた。
☆
勉強するのは苦痛じゃない。テストは楽しい。
ただ、宿題はろくすっぽやらない事が多いし、授業態度だって悪いし、はっきり言って先生からの評判は悪いと思う。いくら言われても宿題をやらないことが多い生徒を好きになるだろうか。ちゃんと授業を聞いていない生徒を好ましく思う先生はいるだろうか。おまけにテストのときだけ頑張って、成績表はテストの部分だけ良い始末。
そこそこ頭の良い私立の男子校だから、男子校のノリでバカなことする奴らは非常に多いけど、だからって成績が悪いわけじゃない奴も非常に多い。オンオフしっかりしてる、ってことだ。もちろんみんながみんなそういうわけじゃないけど、少なくともこの六年間の内にこの学校で授業崩壊してるクラスなんて聞いたことがなかった。
そういう学校だからなのかは比較できる対象がないからわからないけど、高校三年になっていきなり学校が窮屈に感じ始めた。もちろん場所的な意味ではなくて、精神的に。
みんながみんな苛立ってる。休み時間はバカみたいなノリで騒いでる奴らも、頭をつき合わせて互いに解らないところを補い合ってる。勉強せずに話している奴らだって、話題にしているのは勉強のこと。数学とか化学とかの暗記が苦手だーとか、予備校の模試でーとか、そういったことばかり。
悪いことじゃない、すごく健全でいい環境だと思う。学校は勉強する場所なんだから、こういった風潮であるべきはずなんだ。
「――はぁ」
溜め息吐きながら、机の上に置いた参考書を流し読みしつつ、中身は頭に入ってこない。"俺だってちゃんと勉強していますよ"というポーズを取っているだけ。周囲に白眼視されないために周囲に合わせ
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