はるさんと俺

 世界で最初に人間が抱いた感情は、孤独への恐怖だと思う。

 ついでに言えば、生まれたばかりの子が最初に抱く感情だって孤独への恐怖だ。生命として誕生して十月十日の間ずっと母親の胎内で守られてたのに、大きくなって始めて母親の胎内から出て。自分はよく覚えていないけど、きっとすごく寂しいことなんじゃないかと思う。
 それからは現代社会の豊かな国だと庇護下に置かれるおかげで、母親の胎内から出たとはいっても自分は孤独じゃないんだと知る。まだ自我ができてない時期でも、本能レベルで。それはすごく安心できることで、赤ちゃんはどんどんワガママになっていける。

 でもいつしか確たる自我ができて、本能じゃなくて自分の頭でしっかり考えるようになることができるようになると、途端に孤独への恐怖が鎌首をもたげるんだ。本当に自分は一人じゃないのか。集団の中での孤独。考えすぎの考え。

「はあ……」

 考えても答えが出ない、ということもなんだか怖い。世界中、怖いことだらけだ。手の届く範囲の触れるものは、きっと怖いものじゃない。自分と同じように、そこにあるものだから。
 でも、思考の無間地獄に囚われてしまうと、途端に恐怖心が湧く。考えても意味が無い、とバッサリ切り捨てることもできない優柔不断な自分に怒りすら湧いてきそうだ。

 現在時刻、午後八時。小さな公園のベンチに座り、何を眺めるでもなくただぼうっとして、いや、現実逃避をしていた。補導されたら、困るけど。普段こうして夜風に当たることがない分、少しだけ大人になった気もして。
 大学受験が一歩ずつ差し迫っていく度に、学校全体から焚きつけるような圧が大きくなっていく。これはたぶん、高校三年生という人種のほとんどが未来への不安に苛立っているからだ。最善を尽くすしか無いとしても、もしも、もしも。そんなことばかり考えてしまう時期だからだ。
 かくいう俺だって、こうして進路に響きそうなスリリングなことをするくらいには、受験勉強に疲れていた。
 ――違う、受験勉強自体は嫌なんじゃない。どこへ行っても襲い掛かってくる、同調圧力に疲れていた。同年代からの"遊んでないで勉強しろ"という圧力。上の世代からの"私の若いころだって努力して勉強を重ねた"という圧力。
 自分じゃわからないけど、今の俺の表情はきっとすごくつまらなさそうなんだろうな。ため息がいくらでも出るし、何より……寂しい。周囲のひたむきな努力から一人だけ置いてけぼりにされた錯覚。疎外感。
 やればできる子なんて言われても、本人がやろうとしなければ、必然的に成績も悪くなる。だって、学業をがんばろうとするに足る燃料だってないんだから。
 そうして夜が更け始めた公園で一人、自己嫌悪するだけしてベンチに座り込んでいた。

「こんばんは」
「――!?」

 不意に横合いからかかる、落ち着いた女性の声。錯覚じゃなく本当に心臓が飛び跳ねた。誰かがこっちの方に歩いてくる音なんて全く聞こえなかったし、こんな時間のこんな奴に声をかけてくるのなんて、アレだ。補導員だ。
 まずい。声をかけられたことを無視しても無駄だし、こんなに近けりゃ逃げ場もない。誰か来た気配がしたら即ダッシュして家に帰る腹積もりだったのに、不意打ちだ。どうしよう。どうしようもない。
 恐る恐る声をかけてきた人の方に顔を向けると、そこには綺麗なおねえさんが立っていた。身長は普通の女性より高いくらいだけど自分よりは低そうで、スタイルがよくて顔も良い、本当に綺麗な女性。同時に、浮世離れした雰囲気も放っていた。赤みがかった長い黒髪とか、端正すぎる顔立ちとか、グラビアモデル形無しの身体とか、出来過ぎた美しさ。ある種悪魔的な。
 彼女のあまりの場違いさにちょっと狼狽える。補導員っていうのは、おばさんとかおじさんがするもの、ってイメージだったのに。こういう人がやるのはなんというか、美人局じゃないだろうか。でも金持ってなさそうな高校生に声掛けて美人局なんてするかな。わからない。やっぱり補導員なんだろうか。

「挨拶」
「あ、え、はい」
「はい、じゃなくて。挨拶されたらちゃんと返さなきゃ」

 彼女の顔を見ながら考えていたら、再度声を掛けられる。容姿だけじゃなくて、声だってなんだか魅惑的だ。惹きつけられるというか、思わず返事したくなるような……カリスマ性、とはまた違う。うまく言葉にできない、彼女から放たれるきらきらしたもの。
 人当たりの良い笑顔を浮かべつつ、くりっと小首を傾げてこちらを見返してくるおねえさん。女の子っぽい仕草なのに、大人の女性がやっても味がある挙動だ。じゃなくて、返事しなきゃいけない、のだろう。

「こんばん、は」
「うん、こんばんは。元気がないね? どうしたのかな」
「……え、っと」

 彼女の口から出てきたのは叱咤で
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