満月が暗い夜に光をもたらし、高速道路傍のラブホテルの屋上に立つ一人の女性を照らし出していた。彼女の名はシラコ。またの名を、シロライト。彼女は魔物ガールであり、クノイチであった。
「朧月/思い浮かびし/君の顔……」
シロライトは今宵十七個目のハイクをしたため、これを腰のホルスターへと差し込んだ。静かな夜だった。マチダ・ステーションに程近いホド・ジャンクションの交通封鎖とトレーラーたちの光を遠巻きに眺め、それから問題の場所へと目を移す。
そこでは、マスター・ワン教団幹部のドラ息子が自らの暴走族仲間たちと共に高速道路レースを楽しんでいた。カナガワと北陸を結ぶ重要な貿易交通路である高速道を、何の前触れもなしに数キロに渡って封鎖したのだ。
そして、カナガワを支配する教団には貿易が一夜滞ったところで痛痒もない。実害を被るのは教団に搾取されている哀れな貿易トレーラー運転手たちだ。一夜の損失はその分のトレーラー運転手賃金をゼロにして賄い、批判は黙殺。常套手段だ。
何たる圧制的理不尽市民搾取構造か!しかし、運転手たちには養うべき家族がいる。教団からの重圧を受ければ受けるほど、奴隷じみて運転手たちは教団の保護を頼らざるを得ないようになっているのだ。ナムアミダブツ……!
しかし読者の皆様には怒りの拳を収めていただきたい。教団をこうまで上位階級たらしめているのは、レジスタンス存在である魔物ガールと対等に渡り合うことのできる者が存在するからだということを忘れてはいけない。
彼らの名はヒーロー。教団が崇拝する神、マスター・ワンからの祝福を受けて生まれたからこそ魔物ガールと同等の実力を持ち、教団を守ることができている。今この時でさえ、暴走族が遊んでいられるのはヒーローが傍にいるからこそだ。
シロライトはそのヒーローの苦虫を噛み潰したような横顔に、胸を痛ませる。そう、このヒーローこそがエボニーバイト。本名、クロキヒトキ……そして、シラコが思いを寄せる男子でもあった。
今宵、エボニーバイトは彼らの守衛を任命された。何にも邪魔されないように。そして彼らのご機嫌さえも取らなければいけない。反逆すれば、彼の両親の命はないといういつもの脅迫をも含めて……。シロライトは恨めしげに幹部のドラ息子を睨む。
Beep!突如、耳骨伝導マイクロフォンが振動する。素早くフォンを操作し、着信を受け取る。相手を確認せずともよいのは、この時に着信してくる相手は一人しかいないことを知っているからだ。
「生活棟内部に侵入し、資料からクロキ=サンのご家族が住んでいるブロックを突き止めた。そちらは」「機会を伺ってる。クロキ=サンから離れようとしない」「早くやることを推奨する」
通話の相手は、今回の作戦に協力してくれたクノイチのユシミ=サンだ。彼女のスニーク能力は高く、諜報役としてかなりの貢献をクノイチにもたらしている。しかし、未だに見初めた男がいないという。
「シラコ=サン、アンサツは簡単なことじゃないとしても、遅かれ早かれアタックを仕掛けねば機会が逃げる。早起きは三円得するのコトワザもある」「わかってる。……わかってる」「それならいいけど」
ユシミ=サンは小さく嘆息し、
「こちらの任務はしっかりとこなしておく。バレないうちに早くアンサツしなさい」
そう言って、通話が切れる。シラコは自分でも早くアタックを仕掛けねばと理解はしている。けれど、いざ彼と事を構えようと思うと、どうにも恥ずかしくて一歩を踏み出すことができないのだ。
クノイチは仕事のために自分を殺し、教団を打倒するために暗躍する種族。故に、アンサツは大きな意味を持つ。アンサツ……即ち、気に入った相手を表社会から消して自分のムコにすること。クノイチにとっての人生最大のイベントである。
そしてヒーローを相手としたアンサツは、魔物ガールたちにとっても多大な貢献となる。教団のヒーローと婚姻する行為は純粋に教団の戦力を削ぐことに繋がるし、ヒーローと子作りをすれば強力な魔物ガールが生まれる。メリットしかない。
故に、クノイチ本部はヒーローを相手取ったアンサツを志願する者に大きなバックアップを施す。そうしてたくさんの仲間に援助されたからこそ、アンサツの絶好の機会が訪れたのだ。
待つこと二時間にしてようやく、教団幹部のドラ息子がエボニーバイトから離れて車に乗り込む。一団がサービスエリアから離れていき、エボニーバイトはタイマー係として残る。数分もすれば戻ってくるだろう。アンサツはこの瞬間しかない。
「Wasshoi!」
シロライトは自らを奮い立たせながら跳躍し、安堵しているエボニーバイトへとアンブッシュを仕掛ける!腰のホルスターに差し込んであるハイク・カミを抜き取り、スリケンめい
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