平和の讃歌 (リャナンシー

平和の讃歌


いよいよ1ヶ月月後に迫った異世界外交30周年記念音楽祭の曲目が発表となった。

日本からはネオ日本フィルハーモニー管弦楽団と日本通信局管弦楽団、東京一期会オペラ座、川下バレエ団などが参加する。今回は30周年と言う事もあり、約3ヶ月に渡りほぼ毎日演奏会やコンテストが開かれる。

今回、音楽祭のメインプログラムに選ばれた曲はヘルベルト・ロンド作曲の交響曲『讃歌』

この交響曲の最終楽章『讃歌』は図鑑世界の国連に相当する人魔統一連合の連合主曲となっている。今回、開会式では特設オーケストラが、閉会式では参加した全てのオーケストラと合唱団が魔導ライブ中継によって演奏される予定で、演奏に携わる音楽家の総数はなんとのべ一万人以上。

私はよく通う喫茶店のマスターから勧められたレコードを聴いた時、その作曲家に興味を持った。

『本日はインタビューを受けて頂き、ありがとうございます。まさかお会い出来るとは思いませんでした。』

まさか作曲家が存命とは思わなかった。生まれた年代からもう亡くなっていると思ったからだ。

今、私の目の前にいるのは白髪の青年と傍らには10歳くらいの穏やかな笑顔を浮かべた、けれど少し影のある少女がいた。少女はずっと青年の手を握っている。

『こちらこそ光栄です。こちらがヘルベルト・ロンドとわたくしはアリア・ロンドです。』

煤けた茶色い癖のある髪に灰色の目、ゲルマ人らしい高い鼻には丸い眼鏡が乗っかっている。インキュバスと言うのであろう。100を既に超えているだろうが、歳の頃は20を過ぎたばかりに見える。

しかし彼は時々微笑むだけで目に光りは無く、まるで人形……いや抜け殻の様だ。

『先生は見ての通りインタビューには……ですから、わたくしが代わりにお応えします。』

『わかりました。……失礼ながら、アリアさんはヘルベルト氏の娘さんでしょうか?』

『妻です。……見た目が幼いのはわたくしがリャナンシーですので。』

『そうですか。……では、早速ですが交響曲の作曲の経緯についてお話しを伺ってもよろしいでしょうか。』

アリアさんは何かを懐かしむように目を細め、どこか遠い所を見つめた。

『……わたくしが知る事を今からお話ししましょう。』









あれは……人魔歴1929年の事です。当時、彼はクラーヴェの首都ベルンに身を寄せていました。

その頃のヘルベルト・ロンドは何処にでもいる平凡な若い音楽家でした。

作曲家を卒業したのだけど、なかなか芽が出ずその頃は下宿住まいで、苦学生をしてやっとこさオーケストリア公国のビエナ音楽大学を卒業したから、かなり痩せていて、仕事と言えばたまにお金持ちからピアノの演奏を頼まれる他には、専ら非常勤で雇われる初等学校の音楽の先生をしていました。

『わたくし、先生の音楽大好き!だって聴くと元気になるのだもの!』

『ははっ、ありがとう。』

彼の生活は貧しくて、ベルンの空の様に決して明るくはありません。それでもヘルベルトは教え子達の笑顔に救われていたのです。

でも、不穏の影は容赦なく襲いかかってきました。

人魔歴1930年に世界大恐慌が起きると、貧しい生活はもっともっと大変になりました。紙幣が価値を無くして物の値段が跳ね上がり、街は失業者で溢れるように……。

なにせ、ザワークラウト(キャベツの酢漬け)を1瓶買うのにトラックの荷台に山積みにしたマルクス紙幣が必要だったのですから。

当時、子供だった人達は紙幣の束を積み木のようにして遊んだり、ストーブに火を付ける為に燃やした事を思い出にしていると思います。

その様な時代の中、ヘルベルトは幸いにも音楽教師の仕事は続けていられました。しかし、それもいつまで続くかわからない。誰も明日の事もわからない。不安で、どうしようも無くて、誰も何も出来ない……そんな時代でした。

『僕は……子供達はどうなってしまうのだろう。』

当時の彼が教えていた何人もの子供達が生活の為に働かなければならないからと初等学校を去っていきました。

そんな中、ヘルベルトを含むクラーヴェの民衆はある1人の男に光りを見出していたの。

"我が同志諸君、クラーヴェの兄弟達よ!我々には只一つ確固たる答えのみが必要なのだ!それは上部だけの格好でも抽象的な行動では無い。誰もが望む自立した国家の実現である!!"

その男はルドルフ・アドラーと言い、民衆は彼の演説に心を奪われました。それから10年と待たずに彼と彼が率いる社会労働党は物の見事に国を変えて見せたのです。

第一次人間大戦で負けて、世界恐慌の強烈な経済的危機を受け死にかけていた国が息を吹き返した。

日に日に元気を取り戻して行く国、街や人々。労働者は額に汗をして働き、その食卓のスープには日に日に実が
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