人形魔術師のアトリエ
僕、オスカー・オズワルドは恋をしていた。
"あの方"は姉様のご友人。
薄い紅色の乙女。
長い亜麻色の髪は風に優しくなびき、アメジストの様な瞳はどこか憂を移していた。
僕は憧れていた。
でも、"あの方"の瞳にはいつも姉様が映っていた。
姉様達を追いかけて、森の奥深い湖の畔で抱き合う2人をはじめて見た時、"あの方"の唇が姉様の唇へ止まった。とても美しくて、とても尊くて……
胸が酷く騒めいた……
その日の晩は眠る事が出来なかった。
ある日、姉様は"あの方"と西の森に遊びに行ったきり暗くなっても帰って来なかった。
直ぐに騒ぎになって、2人を村中で探した。
そして……
姉様と"あの方"は森の奥深くの湖に沈んでいた。
僕を置いて遠くに行ってしまった2人の顔はとてもとても幸せそうだった。
その日から家はずっと暗いまま、灯りも灯らない。
母様は嘆き悲しみ、ずっと喪服を着ている。
父様はお酒に溺ようになった。
人々は禁じられた愛の代償とか、悪魔に憑かれたのだとか口々に囁く。
僕はもう涙も枯れてしまった。
あの時、姉様達の近くで咲いていた百合の花は全てを見ていたのでしょうか?
あれから僕はどんな女性も愛せない。
目を閉じれば"あの方"の微笑みが僕を惑わすのだ。
あぁ、何も知らない少年の日の初恋よ。
僕の心はあの日のまま……時が止まってしまったのだ。
どうしても、是が非でももう一度逢いたい。
死霊術にのめり込むのに時間は掛からなかった。
しかし、僕の魔力では死霊術を使うに足りなかった。
だから魔力を強める為に、身体の成長を生贄にし、死霊術の本を読み漁った。それは、"あの方"とまた逢えた時の為に、この姿を保っておきたかったのもあった。
しかし、何をどうしても"あの方"には逢えなかった。
残ったのは、失意と子供のまま成長しない自身の身体と、身に余る膨大な魔力だけだった。
それから幾年かが過ぎたある秋に、僕はとある人形師に弟子入りをした。
人形なら死霊術の依代になるのではないか?"あの方"の魂を呼び出す事が出来たとして、定着させるに足りるのではないか?僕はそう考えた。それに、これ以上成長しない自身の身体を周囲に誤魔化し切れなくなったのと、陰惨極まり無い我が家に嫌気がさしたのも理由としては十分だった。
僕の師匠はハリー・シュミットという人形師で、その奇跡の様な技術からマエストロと呼ばれていた。
話によると、マエストロに作られた人形は皆命を持ち、買い手がケースを開けた瞬間に動き出して優雅に一礼する。と、そんな噂まであったほどだ。
現に彼の技術は芸術そのもので、初めて彼の人形を見た時、本当に生きている様に、すぐにでも他愛も無いお喋りを始めそうな、そんな空気を感じた。
この業があれば……きっと……。
『君は何故、人形師になりたいんだい?』
マエストロはある時、全てを見透かす様な目で僕を見つめてそう尋ねた。彼に嘘は通用しなさそうで僕は正直に答えた。
『……もう一度、是が非でも逢いたい人がいるのです。"あの方"にもう一度逢えるのなら、僕はどんな事でもします。』
そう言うとマエストロは『そうか……』とひと言呟くとひどく悲しい目をした。いや、あれは同類を見る目であったと思う。
彼も僕と同じ様な経験をしたのだろうか?
その答えはマエストロが大事にしている人形の存在そのものであろう。彼はその人形……エミリアを如何にしても手放さないのだ。執着と言っていい。この師にしてこの弟子とはこの事なのかも知れない。
そうして僕は何年かマエストロの下で修行した。
『君は……はっきり言って天才だ。もう私が教える事は何も無い。これからは自分自身の人形を作りなさい。』
その年の春、僕はマエストロのアトリエを離れ彼の伝を頼りにアルカナ合衆国のニューシャテリア市へと渡り、そこで自身のアトリエを持った。
僕はハリー・シュミットの弟子。その事は食べていくのに十二分に役に立った。
アトリエを持つ事は大変に金が掛かる。
その金を稼ぐのにマエストロの弟子と言う称号は非常に都合が良かったのだ。
それでも最初は小さな仕事からコツコツと始め、実績を積み、数年後には服飾メイカーやデザイナーから服を着せる為の人形の仕事が多く舞い込んで来た。始めは子供らしい人形を作っていたが、だんだんと大人が自分達が着るドレスやコートなぞを見る為の大きな人形を作る様になった。
老舗のピーター・スミス……
先進的なロココ・シャルル……
紳士御用達のクリス・ディーオ……
新興ブランドのミシェール・モニカ……
沢山のブランドが僕の作る着せ替え人形を求めた。
しかし、人形の関節……球体関節が服の見栄えを悪
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