初恋のリリー

初恋のリリー


大きなタルを幾つか運び、ため息と共に汗を拭うと爽やかな風がほほを撫でる。

秋の始まり。それはドイツは元より、ベルギーやチェコでは16日間に渡るビールのお祭りが催される。

僕は毎年この季節になるとバーデン・ヴェルテンブルグ州の大学から遠路遥々地元の村に帰るのだ。

因みに僕の専門は経済学で、卒業したら大手企業に就職するのが小さな野望だったりする。

この季節は祭りの準備で仕事がいっぱいあってお金になるし、学費の足しにもなる。ついでに実家に顔を出せば両親も安心する。お祭り本番では周辺地域でしか消費されないマニアックな地ビールも飲めるし、煩わしい休暇中の課題レポートもでっち上げさえすれば後は楽しみたい放題の至れり尽くせりだ。

ただ……そんな良い季節だけど少し複雑な事もある。あくまでも僕の中ではだけれど。

『エリ君、毎年ありがとうねー♪おお助かりだわー』

『あ、マリーさん。いえ、こちらこそ……って、そろそろちゃんと名前で呼んでください。僕にはエリアスって名前があるんです。』

僕の事をエリ君と呼ぶこの人……もとい、このサキュバスはマリーさん。お隣りさん(と言っても1エーカーは離れてる)で彼女の家は代々ビール農家だ。小さい頃は歳の離れたお姉さんみたいな人で、良く遊んでもらった。

僕の初恋の人だ。今はサキュバスだけど。

『あらなぁに〜?まーだ女の子っぽい名前気にしてるの??』

『うぐぐっ……』

『私は好きよ?いい名前じゃない?』

『か、からかわないで下さいっ!』

『ふふふ♪エリ君はやっぱりかわいいわね〜。うちの娘のお婿さんに欲しいぐらいだわっ!』

……そう。彼女は結婚してる。僕が10歳の頃、マリーさんは20歳で学生結婚をした。相手は彼女の幼馴染みのジョゼさんで僕も昔さんざん色んな所に連れてってもらった。カッコ良くて、頼りになって、今でも本当のお兄さんみたいな人だ。

この人なら仕方ないと思ったけど、当時幼かった僕は挨拶に来たマリーさんに泣きじゃくって、その後38°cの熱を出して3日間寝込んだ。

本当に大好きだった。

そして後になって、もっと早くマリーさんに告白をしていれば、なぜその勇気と行動を起こさなかったのかと酷く後悔した。

ついでにマリーさんがサキュバスになったのは、結婚翌年の夏休みを利用した新婚旅行で当時はまだ目新しかった異世界旅行に行った時、向こうのビール(魔界産)を飲みまくったらいつの間にか魔物娘になってしまったらしい。

『はぁ……。』

『ふふふふ♪……ねぇ、クリスマスも帰って来なよ?私もジョゼも嬉しいし、リリーも喜ぶわ!』

『マリーさん、母さんと同じこと言わないでくださいよ……。あれ?そう言えばリリーちゃんは?』

会話に出てきたマリーさんの娘さん、リリーちゃんはたしかアリスと言う魔物娘だった。マリーさんよりはジョゼさんに似ている。最後に会ったのは去年のこの季節だ。懐かれているようで、毎年僕を見れば飛び掛かって来る。それはやめてほしいけど、姿が見えないのはちょっと寂しい。

『ふふふ♪それは後のお楽しみよ〜』

と何か企んでいるっぽいマリーさんとそんな他愛もない会話をしてると、遠くからジョゼさんの呼ぶ声が聞こえて来た。僕は少し急ぎ足でジョゼ兄さんの所に行く。

『エリ坊ー、遅いぞぉ!もう大方仕事は片付いた。前夜祭だ!!ほら、お前さんのマスジョッキだ!!』

そう言うとジョッキ(1リットルサイズ)を渡され、なみなみと黄金色の液体が注がれる。

ジョゼ兄さんも相変わらずで、優しくて、頼もしくて、少し豪快で強引で。

『アイン・プローージットッ!!(乾杯!!)』

手拍子の中、上機嫌で乾杯の歌を大声で歌うジョゼ兄さんに、マリーさんにまた叱られますよ?と言う僕の声にも笑っていた。2人共あの頃から変わっていない。外見も性格も何もかも。

帰って来れば暖かく迎えてくれて、遠く離れた大学の学寮に戻る時には少し寂しそうに頑張れよ、また帰って来るんだぞ!と送り出してくれる。

僕はそんなジョゼ兄さんとマリー姉さんが大好きで少し苦手だ。

ホロ苦いエールを飲んでそんな事を思っていた。

その後、夕食をすっぽかしそうになったジョゼ兄さんをマリーさんが耳を引っ張って連行したのだった。ちょっと胸のすくような気持ちになったのは内緒だ。

そうして夜が明けて次の日の朝、花火がうち上がっていよいよお祭りの幕が上がる。

お祭りの最初の催し物はパレードで、先頭を行くのは伝統的な修道女の衣装とフード付きマントを身に付け、黒毛の馬に乗ったミュンヘナーキンドル。通称はフロイライン。選ばれるのはその年1番の美人だ。

さて、今年は誰なんだろうか?

マーチングバンドのファンファーレが高らかに鳴り響くと、今年のフロイ
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