スワローテイルの仕立て屋
やぁ、いらっしゃい。
ここは初めてかな?
そうかい。どうりで、初めて見る顔だ。
ガラガラだから適当に座ってくれ。
お客様はどんなレコードは何がお好みかな?
ふふふ♪ ……年代物の真空管に、最高のレコード達。ここの店は飲み物と一緒に好きな音楽を選んで貰うんだ。
あぁ、これかい?オススメの盤だ。
君はクラシックが好きなんだね。奇遇だね。ボクも好きさ。
ふふふ♪
ドリンクはアイス・コーヒーだったね?
〜♪♪♪♪〜♪♪♪♪〜♪……
あぁ、良い響きだ……。いやいや、失礼。つい夢中になってしまったね?
何処のオーケストラだって?
シューシャンク・フィルハーモニーさ。
聞かないオーケストラだって?
そうだね。このオーケストラは出所した元囚人達の更生を目的に作られた比較的新しいオーケストラなんだ。
指揮者は誰だって?ふふふ……気になるかい?
『スワローテイルの仕立て屋』
拍手の中、お辞儀をする"風変わりな指揮者"に小さな女の子から花束が贈られた。
指揮者はそのまま舞台袖に消えて、それでも鳴り止まない拍手にもう一度舞台に出ると、オーケストラのコンサートマスターに指示を出す。
もう一度、指揮棒を高らかに掲げるとアンコールに相応しい軽やかなマーチが鳴り響く。
それが指揮者、ラファエロ・カロ・オサニ・アケドのデビューだった。
短く爽やかなプレジデンシャルヘアー
180cmの長身
モデルのようなスラリとした手足
穏やかな黒い目に少々厚い唇と高い鼻を持つ笑顔が眩しい天使の名前を持つ色男だ。
そんな彼がなぜ"風変わりな指揮者"なのか?
それは彼の肌の色が黒いからだ。
ラファエロはアルカナ合衆国開拓時代、イスパール主神教国領に南の大陸から連れてこられた黒人奴隷の子孫である。
彼の父親はジャズの聖地ニュー・オランジェのジャズピアニストで理髪師であった。彼の店は理髪店でありジャズハウス。ラファエロは母親のお胎の中に居る頃から音楽と共に育った。
ラファエロが3歳の頃、父親からピアノの手解きを受けて間も無く、父親は彼に絶対音感と音楽への天才的才能があると見抜いた。
ラファエロが7歳になる頃にはステージでニュー・オランジェの才能あるジャズメンに混ざってピアノを弾いていた。
演奏を聴いていた父親は息子が自分を越えるであろう事と、その才能はピアノでは収まらないであろう事を予感し、そして、その予感は直ぐに的中する事になる。
ラファエロがクラシックに出会った。
テレビで流れたオーケストラのコンサートの番組の指揮者を見て、『アレをやってみたい!』と幼いラファエロが言ったのだった。
息子の才能を誰よりも理解し、信じていた父親は、ラファエロにクラシックのピアノと音楽理論を教える為に友人を頼り、ラファエロにレッスンをつけ、それと同時にテーブルマナーやエスコートを始めとする白人上流階級のマナーを身につけさせた。
彼は黒人であると言うハンディキャップを誰よりも理解していた。
父親は身を粉にして働き、努力の結果、ラファエロは白人の高校に入る事ができた。数年後、ラファエロは返済不要の授業料と生活費全額保証の奨学金を取り音楽の名門ジュリアス音楽院に入学した。
そこでラファエロは人生初の挫折を味わった。
黒人だからと言う理由で書類審査の段階でピアノ・コンテストを落とされたのだ。
それはどんなコンテストでも同じであった。
指揮科を受講するには、コンテストに出て一定以上の結果を出さなければならなかったのでラファエロは非常に焦っていた。
オサニ・アケド……南の大陸系の黒人の姓字。彼はそれで黒人だと判断され事前に排除されていたのだ。
この事は彼の学友達がコンテストの運営サイドに署名付きの抗議書を送る事で解決した。彼は一生の友となる学友に恵まれたのだ。
そうしてコンテストに出たラファエロは3位を獲得し(1位と2位は白人)、指揮科を受ける権利を手に入れたのだが、受難は続く。これは序章に過ぎなかったのだ。
指揮科の教授がラファエロを全く相手にしないのだ。そのくせに、試験ではどの生徒よりハイレベルな、異次元と言って良い事を要求された。
彼は試験に2度も落ちた。
ラファエロは認識を改めた。差別の無い先進的な考えは理想に過ぎず、確実にそれはそこに存在し、自分は差別を受ける側の人間である事を現実から理解した。その上で彼は音楽と共に生きる事を選んだ。
クラシックは西の大陸の白人上流階級の文化だ。
『身も心も完全なる紳士になりなさい。』
ラファエロは幼い日の父親の言葉を思い出した。
父親はクラシックの音楽家を目指す黒人の人種的ハンディキャップを理解し、また見越してラファ
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