銀色の角笛 下
トランペット奏者だった富岡・景(トミオカ・ケイ)は実力で評価されずに、経歴や人間関係ばかりが尊重される腐敗した日本の音楽業界に失望していた。
そんな時に出会ったのが異界の門の向こう側の世界で " フォンティーヌ・スミス " と言うメーカーが作ったフルハンドメイドのトランペットだった。その銀色の角笛に魅入られた彼は紆余曲折の後、異界の扉を潜り、異世界に。アルカナ合衆国、ニューシャテリア・シティのブルックス67番地にある小さな楽器工場の門を叩いた。
そこで名も無き楽器職人"トミー"としての第二の人生が始まった。
トミーは職人の先輩であるサイクロプスのセシリア・スミスの家に寝泊まりしながら仕事をしている。
朝7時に起床。朝食はセシリアとの当番制。
8時半に出社。
9時に仕事が始まる。
12時に昼食。近くの店ですませる。
1時に仕事再開。
5時に仕事が終わる。その後、セシリアやナナリーに菅の曲げ方やベルの作り方や楽器修理の技術を教わる。
一通り終わったら、トランペットの練習を少し。セシリアはその間、トミーの側でずっと聴いている。
7時に会社を出て、近くの店で買い物を済ませ、家に帰り、軽めの夕食を食べ、シャワーを浴びて寝る。
休日はひたすら楽器作りの勉強。
これがルーティンになった。
さて、フォンティーヌ・スミス社の自社工場には、新参者のトミーを含めて97人の楽器職人がいる。と言っても3名いるマエストロ以外は各部専属かリペアマン(金管楽器専門の医者)で、1〜10まで楽器を1人で作れるのは親方であるナナリーと、彼女の旦那さんのロバートと、セシリアの3人のマエストロだけだ。
トミーが1番最初に任された仕事は楽器の選定だった。
トランペットやトロンボーン等の金管楽器は楽器本体が組み上がると息漏れが無いか、ピストンや抜き差し菅は問題無いかを徹底的に調べる。その後に鍍金を施すのだ。
真っさらの真鍮の楽器を吹いてみて、響きや癖を確かめて、その楽器にふさわしい鍍金をつける。鍍金をしない方がいい場合もある。そこはカンが頼りの職人仕事だ。
鍍金を施した後にも鍍金のムラを見たり、吹いてみて楽器の響きを確認し、必要なら調整。それでようやくケースに入れられ、楽器店に並ぶ。
サテンのままなら暗く柔らかい音に。
ラッカーなら優しい音に。
シルバーなら華やかでよく通る音に。
ゴールドなら明るく煌びやかな音に。
そして、特別出来の良い楽器には必ずミスリル(魔界銀)を施した。
ミスリル鍍金の楽器はサテン、ラッカー、シルバー、ゴールドの全ての要素を高レベルで含んでいる。正に特別な楽器だ。
♪〜……♪♪♪……
『……少し頑固だね。でも、誠実。決して奏者を裏切らない。キミはシルバーが良い。』
♪♪♪♪♪〜……
『キミは……明るくて、優しい。お日さまみたいだ。……ゴールドが良いかな。』
この仕事はトミーに合っていた。類い稀なる演奏技術に、少々ナイーブな芸術家的性格に起因する強烈なシナスタジア(共感覚)を持ちいて楽器の個体差を正確に見抜いた。
その選定のクオリティは親方のナナリーに異次元と言わしめた。
トミーの選定した楽器はフルハンドメイドの高価な楽器でもすぐに売れた。そう言う訳で、ナナリーから選定の仕事を任された1ヶ月後にはトミーが工場で作られた全てのトランペットとコルネット(トランペットの仲間) 、フユーゲルホルン(同じく)の選定するようになっていた。
トミーは選定の仕事をしながら次々に楽器職人の技術を身につけていった。
『凄いな、トミー。もうそんな事まで出来るのか?こんな短期間でどうやって憶えたんだい?』
ある日、旋盤でピストン(トランペットに付いてるボタンの内部)の削り出しをしていると世話焼きのロバートが
#65532;トミーにそう話しかけた。
『……音を憶えるんです。……ハンマーで叩いた時のリズムや、音。指先から伝わってくる金属の響き……とか。親方やロバートさんや……セシリアのを聴いて……同じ綺麗な音がするように……。』
それを聞いたロバートは『凄いぞトミー!』と笑いながら彼の背中をバシバシ叩いた。
そうして、トミーがやって来て1年があっという間に過ぎて行った。
その日はビザの更新に行った帰りだった。
ブルックスから少し遠いニューシャテリア・シティーの中心に行ったので、お土産を買ってセシリアの家に戻ると美しいトランペットの音色が聴こえて来た。
『セシリア?ただいま。』
『……お帰りなさい。……あの……聴こえてた?』
セシリアは少し気恥ずかしそうに顔を赤くしている。
『うん。凄く上手だね。』
すると彼女は首を横に振った。
『……トミーと比べると……ぜんぜん。』
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