盲目の踊り手
荒涼とした砂漠の国ラビエール
薄暗い屋敷の広間には大勢の人間で埋め尽くされていた。皆、甘美な服を身に纏い、一目で裕福な暮らしをしている者とわかる。
シャン、シャシャン、シャラン、
タン、タンタン、タタン、
癖のある長い黒髪を纏め、額からは汗が輝き落ち、踊り手の両手足の鈴がステップに合わせて冷たい音を響かせる。彼の手に馴染んだシャムシールの刃が空気を切り裂く。薄明かりのランプに照らされる香油に濡れた褐色の肌、しなやかな体躯。達人の域まで達した剣舞は見る者を魅了する。首や腰につけた金属の装飾がチリン…と無機質な音を立てる。
汗の匂いや、香油や、香炉の香りが充満している中
笛の音、シタールの響き、タンブーラの打ち付ける独特のリズムが鳴る。
彼には
夜か昼かもわからない
夢か現かの区別もつかない
ただハシシに酔い、剣舞を舞う
それが今、彼にある全て
シャラン…
音楽が鳴り止み、剣舞が終わる。
すると、脂ぎった声で肥えた男が喋りだした。
『素晴らしい剣舞を披露したのは、我が宝!美しき盲目の踊り手、アズール!!金貨2枚で彼の衣装の端切れを!金貨5枚で口付けを!金貨10枚でこの美しい躰を好きに出来る!!さぁ、いかがか?』
黄色い声が上がり、アズールに群がる。投げ込まれる金貨の雨。伸ばされる手、手、手…。飲み込まれるアズール。ビリビリと、布が引きちぎれる音が聞こえる。まるで、群がる鳥たちにズタズタにされる鳥葬の遺体の様だ。
群がった女の1人がアズールの唇を奪った。別の女が彼の分身を咥え込む。抵抗もぜず、さも当たり前の様にただ受け入れる。その黄金の義眼には何も映らない。
その様子と投げ入れられた金貨を見て、満足げに男が笑う。彼は富豪の商人でアズールを金儲けの見世物奴隷として使っている。
奴隷は永遠に奴隷のままだ。法律と宗教と人々の倫理がそれを定めている。アズールは赤ん坊のころ貧しい農家から売られた。父親も母親も知らない。物心つく頃には労働と暴力をその身に受けた。ただ、幸か不幸か、彼には人殺しの才能があったので、アサシンとなるべく訓練を受けた。
遥か西の地からラビエール王国まで西方主神教の軍が聖地を奪おうと勢力を伸ばしてきていた。ラビエール王国は主神教原理主義アシュマール派を信仰している。彼は主神教の聖地、聖アシュマールの地を守る為に戦う技術を叩き込まれた。
剣や弓の扱いや毒や暗器の技術を必死に習得していった。彼は黒い衣を纏いアサシンとなり、聖戦へとやって来た主神教団軍の兵を闇夜に紛れて次々と殺していった。彼らは戦闘や暗殺を行う時、必ずハシシを使う。痛みとストレスを消すためだ。ハシシに酔い、夢見心地で剣を振るった。
数年が経ち、聖戦が終わり、ラビエール王国を始めとするアシュマール諸国が勝利を収め、西方主神教軍は撤退していった。
だが、アズール達アサシンの多くは殺しを止めなかった。ハシシに冒された彼らはハシシを買うために金で暗殺などを始めとする汚れ仕事を請け負った。
聖地の為に戦った彼らは、今度は麻薬の為に戦った。そして、アズールはもう奴隷へと戻りたくは無かった。
そんな折、アズールは役人から立身出世の為に、ある富豪の商人を殺して欲しいと頼まれた。金が良かったのでアズールは二つ返事でその仕事を引き受けた。
しかし、仕事を請け負った仲間の1人に敵のスパイが居て、逆に策に嵌められ、アズールは敵に捕らえられてしまった。アズールは拷問により両眼を抜かれ、情報を得るためにハシシやアヘンを入れられた。程なくして雇い主が殺された事を聞かされ、その時に富豪の商人から
『忠誠を誓うのであれば、聖アシュマールに誓い、お前を生かしてやろう。』
と言われた。
アズールは死にたく無かったので、彼の足に誓いの口付けをした。
『お前は男だが美しいので、これからは私の為にせいぜい頑張って働け。』
商人から所有の烙印を胸に刻まれ、眼が入っていた空洞に重い金の義眼を埋め込まれた。彼は光を奪われ再び奴隷になってしまった。アズールは商人の元で踊り手として働いた。光が無い事に慣れるのに時間はかかったが音や匂いなどの別の感覚で補う事が出来た。幸いに、商人の男は自分に利益になるモノに関しては大事に扱うので理不尽な暴力を振るわれるような事は無かった。
ラビエール王国は絶対王政の厳しい階級社会であり、宗教的戒律のため徹底的な男尊女卑の社会を護っている。女性は肌と髪を見せてはいけない。ローブを着用してベールで顔を隠す。男女共に異性とみだりに話してはいけない。身分が下の者は上の者に逆らってはいけない。奴隷は苗字を名乗ってはいけない。結婚は同じ身分同士で行うなど社会的制約が多い。
アズールが踊る場は、
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