少年と虜の果実
むかしむかしのお話しです。遠く離れた砂漠の国、ファラオが治めるジプシャ王国には正直な農夫の少年が住んでいました。
少年の名前はアズールと言い、褐色の肌と黒い髪に黒い真珠のような綺麗な瞳を持ちます。母親が魔物娘になり、父と共に睦合うのに忙しく、そういう訳でしっかり者のアズールは1人両親と離れて農夫をしています。太陽と共に起き、月と共に眠り、広大なイルナ川の恩恵を受けて慎ましく暮らしていました。
『太陽の神さま、実りに感謝します。』
この国は魔物娘が治める国で、偉大なるネフェルタリ4世陛下は歴代のファラオの中で最も美しいと噂されていました。アズールは何年か前のお祭りの時に、ネフェルタリ陛下を一目見た事があります。祭壇の上で手を振り微笑むネフェルタリ陛下にアズールは心を奪われてしまいました。
『僕もいつかネフェルタリ様に会いたいなぁ……』
アズールは毎日、太陽が西の国に旅立つ時、一番星に願いをしました。
さて、ある年の秋の終わりのある日の事でした。次の季節に向けて畑の手入れをしていると、虜の実の木に黄金に輝く果実が熟れていました。今は刈り入れも終わっていて収穫の時期ではありません。
『わぁ……これは美しい。それに良い匂いだ……嬉しいな。この季節に虜の実を食べれるとは思わなかった。……ちょっと待てよ?奇跡の実だ。この実をネフェルタリ陛下に献上しよう。』
そうして、アズールは黄金に輝く季節外れの虜の果実を家にある1番上等な布に大事に包んで、家にある1番上等な捧げ物用の盆に乗せると陛下の御座す王宮へと向かいました。
王宮へは誰でも行く事が出来て、ネフェルタリ陛下には誰でもお会いする事が出来ます。しかし、用が無いと行ってはならず、そして陛下のご機嫌を損ねないように貢物を持って行くのが礼儀とされていました。
ジプシャが王たるファラオが全ての決定権を優先的に持っているからです。
例えば、良く陛下の下には商人が謁見しに行きます。新しい船の許可や、交易品を取り扱う権利の相談や、世界で見聞きした事を話しに行くのです。
『そこの者、何用で来た?』
『陛下に貢物を持って来ました。』
『若いのに関心だ。よし、通りなさい。』
門番を任されていたマミーの夫婦に通されてアズールは謁見の間に歩きました。
宮殿は外も中も美しく、荘厳な雰囲気でした。
『そこの者、暫し待たれよ。陛下がお話し中である。』
おどおどしながら、謁見の間に近づくと中から話し声が聞こえて来ます。
『……では、この国で扱うジパングの交易品は其方にまかせよう。』
『身に余る幸せでございます。』
『よいよい。アラビの貿易商には其方の高祖父のサウルより世話になっておる。今後とも頼む。……そうだ、アラビ王国に寄港した際はアブドゥル・マジード王とシェヘラザード妃にネフェルタリ4世がよしなにと伝えよ。』
『畏まりました。失礼します陛下。』
『うむ。……次の者、入って参れ。』
異国の商人との話が終わるとアズールに声がかかりました。
褐色の肌と金の髪飾りが美しい切り揃えられた黒髪。美しい顔には燃えるルビーのような目。豊かな胸に、美しさを彩る宝飾品。陛下が座る階段の上の玉座の横には紅い大きな蛇が陛下に撫でられていて、アズールが来るとその大きな蛇は静かに傅きました。
アズールはその美しい姿に見惚れて我を忘れてしまいました。
『?……其の方、どうかしたか?』
『あっ……はい……貢物を…………。』
『うむ……何を言っておるか聞こえぬ。其の方、近う寄り話すがよい。』
アズールは失礼の無いように、恐る恐る玉座の近くへと進み出ました。
『偉大るファラオであらせられるネフェルタリ4世陛下にはご機嫌麗しく。』
『楽にせよ。して、其方の望みはなんだ?』
『ありません、ネフェルタリ陛下。』
『では何用で参った?』
『貢物をお持ちしました。こちらを……』
アズールは玉座の手前で跪くと、包みの布を解き、盆をネフェルタリ陛下に差し出すように高く掲げました。
『おぉ、これは素晴らしい。……虜の実の果実か?しかし、今は春ではない。秋の収穫を終えた時期であろう。如何にして手に入れた?』
『はい。今日の朝、果物畑の手入れをしていたところ、木になっているのを見つけました。この奇跡の果実はきっと、陛下に味わって頂く為に生まれて来たと思うのです。』
『其の方の殊勝な心がけに感謝しよう。……では早速、食してみようではないか。』
ネフェルタリ陛下は黄金に輝く虜の果実を手にとり食べ始めました。その姿は美しくも官能的です。アズールは陛下を見てぼーっとしてしまいました。
じゅるっ……じゅっ……こくん。
陛下はファラオである事を忘れて艶めかしく果汁を啜りました。
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