第2部
それから7日経ちました。
ジプシャの宮殿の前には魔物の軍隊が整列しています。すると見張りの兵士がトランペットを吹きました。
『見えました!数およそ……2万!!大部隊です!』
玉座に座るネフェルタリ陛下はゆったりとくつろいでいます。アブドゥルは心配です。
『大軍だな……。ハーピーの斥候部隊を出せ。アラビの兵と武装、を調べさせよ。』
『はっ!!』
すると直ぐに羽の生えた魔物が空を掛けていきました。
『ネフェルタリ陛下、宜しいでしょうか?』
『アブドゥルよ、申してみよ。』
『何故陛下は宣戦布告をご承諾されたのでしょうか?この度の戦は避けようとお思いでございましたら、いくらでも仕様はあった筈ではございませんか?』
ネフェルタリ陛下はアブドゥルに優しく微笑みました。
『その言葉は我が軍の兵を心配してか?貴国の兵を心配してか?……いや……そうか……両方だな。アブドゥルよ、其方は優しいな。』
『甘いのかも知れません……』
『いや、その優しさは誰でも持てるものではない。誇るがよい。どうかその心を忘れぬようにな……。其方の思う通り、避けようは幾らでもあった。面倒だと思えば戦の取り決めの折、ファラオたる妾の言葉の魔を聞かせればアラビの王ごとき従わせることは容易い。』
『では何故に戦を?』
『それをすれば妾は王たる資格を失おう。他者の心をいたずらに意のままにすることは恐怖に繋がる。欺瞞が欺瞞を呼び闇を広げ、気付けば妾は暗君として玉座に座り世を乱す事であろう。さて……東の国の兵法と言うものにも戦は可能な限り避けなければならないとあるが、此度の戦は避けてはならないのだ。アブドゥルよ、其方は国とは何か分かるか?』
『……人。すなわち民でございますか?』
アブドゥルはいつかシェヘラザードが寝物語で語ってくれた薔薇の国の王様のお話しを思い出しました。
『そうだ。聡い子よ。では、法とは何か?』
『……国を……いえ……民を守るものでございますか?』
『半分は正解だ。いや……人間としてはもう十分か……。シェヘラザードに与えられたとはいえ、其方が持つ知識や教養は、本来なら誠に高貴なる思想の下、人間の時間では老いさらばえ、死の足音が聞こえてくるような時になり、やっと理解し得るものである。アブドゥルよ、良く聞くがよい。これは妾の理想やも知れぬが、法とは民を守る為のものであり、民を幸せにするものでなくてはならない。たとえば、盗んではならない。犯してはならない。殺してはならない。などの決まり事は人を守る為のものだ。それらが集まり、細糸が織られるようにして法という布が出来上がる。こうあってほしい……こう生きてほしい……法とはそういった祈りや願いのようなもので、それらが幾重にも織られた布のようなものである。それを着るのは民ぞ。民とは国ぞ。民の幸せの為に法というものは無くてはならない。自由や権利や幸せとは、織り成した法の上でしか成り立たぬ。』
アブドゥルはネフェルタリ陛下の言葉に涙を流しました。
『では王とは何か?……王とはその願いと祈りの糸をひとつひとつ紡ぐ者である。……王とは因果なものでな?国益……ひいては自国の民の幸せの為に他や自らを犠牲にしなければならない時もある。その事を知り、力を尽くし、最善を選び続けるのが王たる者だ。……残念な事に、王と呼ばれる殆どの者が自身やごく一部の者の幸福や豊かさを追求する為に他を苦しめ、私欲のままにその布を使っている。アラビ王国も例には漏れることは無く、アラビの王は王の器にあらず。国が……民が苦しんでいると見える。其方は王となるのであろう?』
『はい……私の願いはいつの日か幸福の国を作る事……ですが私は器となりえましょうか?』
『案ずるな。器とは時間をかけ作り行くものだ。……この戦、負けはありえぬ。王が民を救うのだから。そうであろう?アブドゥル・マジードよ。……それにな、妾の国は魔物娘の国故に民に嫁ぐ男が不足しておる。これもまたジプシャの国益となろう。』
ネフェルタリ陛下の言葉が終わるとハーピーの斥候が帰ってきました。
『陛下、ご報告します!』
『申せ。』
『はっ!……現在こちらに向かっている軍は約2万。歩兵ばかりです。槍兵が少し。あとは剣というよりは鉈を装備した兵。こん棒を持つ兵。あとは麻布の粗末な投石器。盾すら持たない者もおります。装備や服装から奴隷のようです。その後方、400キュビットほど離れた所に本隊と思わしき軍勢を確認。こちらは騎兵をはじめ、槍兵、弓兵、弩兵の他に少数のアサシンと多数の攻城投石機を確認しました。約3万の軍勢の内、約2万は弓、弩兵です。なお武装、装具を見るに正規軍のようです。』
『成る程。合いわかった……アラビの愚王め、妾の軍諸共に奴隷兵を矢で射ろう
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