第1部
むかしむかしのお話しです。
中つ国のラビア半島にはアラビ王国と言う砂漠と海の国がありました。交易で栄えるこの豊かな国には何でもあります。金や銀に宝石、世界中の珍しい物です。
そういう訳で、この国の金持ちの商人達は皆、世界中の珍しいお宝を集めるのに夢中になっていました。
その商人達の中でも一際裕福な太った商人の大きなお屋敷の大きな宝物庫は世界中のお宝だか、ガラクタだかわからない物が無造作に放り込まれていました。
『サウルの子!サウルの子はいるか!』
太った商人がお屋敷に帰るなり大きな声でサウルの子なる召使いを呼び出しました。
『はい、ただいまご主人様。』
呼ばれて出て来たのは10歳くらいの召使いの少年でした。すき透るようなエメラルドの目に、褐色の肌、ターバンから覗く癖のある黒い髪の美しい男の子です。何年も前の事ですが、太った商人はこの美しい召使いの少年を偶然奴隷市場で見つけた折、一目で気に入ったので、まだ幼かった少年を奴隷商人から買いました。買ったは良いのですが、その奴隷商人から男の子の名前を聞いても知らないと言うので、太った商人は"サウルの子"と呼びました。
『おぉ、来たか!早速お前に仕事を与える。最近埃が気になってきた。ゆっくりで良い。私の宝物庫のお宝を綺麗に磨いておくれ。』
『はい、ご主人様。仰せのままに。』
太った商人は笑いながら、お屋敷の奥に入って行きました。
早速、男の子は仕事に取り掛かります。けれども容易な事ではありません。宝物庫には埃を被ったお宝やらガラクタやらが山のようにあるのです。
奴隷の少年はせっせと桶に水を汲み、布を取り、宝物庫のお宝を磨き始めました。
何でも切ってしまう見えない魔法の曲剣
象牙で出来た異教の女神
とある拷問師の鞭
絵の書かれた霧の国の紅い壺
異国の呪術に使う仮面
コブを押すと星の数ほどの計算を一瞬でしてしまう魔法の計算機
見た人の望みを映し出す魔法の水盆
黄金で出来たロマーナ皇帝の胸像
水を葡萄酒に変える酒神のリュトン
などなど……
少年は太った商人の言い付けとおり、真面目に仕事をしました。
朝になり、宝物庫の全てのお宝を磨き終えたと思い、桶を置いた時、宝物庫の隅にポツリと小さな汚れたランプが目に入りました。ひとつだけ見落としていたのです。
少年はランプを手に取ると、その不思議な模様に見惚れてしまいました。
すると、太った商人がやって来ました。
『ほぅ!もう終わったのか!いやご苦労!ご苦労!!私は良い召使いを持った。ん……?』
『まだ終わっておりません。ご主人様、おそれながら、これで最後でございます。』
『あぁ!それか!……サウルの子よ、そのランプは何でもこの世のものとは思えない、それはそれは美しい火を灯すと言うのでジプシャ王国の商人から買い付けたが、壊れていて蓋が開かず油が入らないのだ。……そうだ。気に入ったのなら、それをお前にやろう。』
『よろしいのでございますか?』
『良い良い!働きには相応の礼をせねばなるまい。どれ、遠慮するな!』
『ご主人様、ありがとうございます。』
太った商人は笑いながら仕事の支度に行きました。少年は今日一日休みをもらったので、個室に戻り眠りました。
少年が起きると昼過ぎになっていました。手元にはあの汚れたランプがあります。
少年はご主人からもらったランプを汚れたままにしておくのは忍びなく思ったので、綺麗にしようと布を取りランプを擦ると美しい銀が輝きを取り戻しました。
すると……
カタカタカタカタ
なんと言う事でしょう!ランプが独りでに震え始めました。
ランプに描かれた眼の文様が見開かれると、煙を吐き出して中から少年と同じか少し年上の踊り子の少女が出て来ました。
『旦那様〜!出して頂いてありがとうございます!んん!?……おやおやおやおや?』
宙に浮かぶ女の子は少年の顔を除き込んだ。
『わたくしめの旦那様はかわゆく、ちびっこくあらせられる!!』
少年は随分と失礼な女の子だと思いました。
『あ、あのっ、誰ですか?』
『これは失礼致しました。わたくしは火のジン(精霊)、ランプの魔人ジーニーの1人!シェヘラザードと申します!!』
シェヘラザードと名乗った女の子は仰々しくその控えめな胸に手を当てて頭を下げるとにっこりと微笑み、少年はその薄いベールの奥の笑顔に心を奪われました。
『シェヘラザードさま……?』
『"さま"はけっこうでございますよ?シェヘラザードとそのままお呼び下さい。……して、旦那様のお名前は?』
『……僕は奴隷で名前は無いんだ。ご主人様にはサウルの子と呼ばれてる。』
『なんと!名無しとは困りましたね……ん〜……』
シェヘラザードと名乗った女の子は
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