偽街の箱庭

偽街の箱庭



人魔歴 1945年 10月10日 アルカナ合衆国 ロストアンジェロ市

"間も無くロストアンジェロ〜、ロストアンジェロ〜。"

汽車のアナウンスが鳴り、列車が停車しても青年はまだ夢の中だった。

『軍人さん、軍人さん!着きましたよ。終点です。ロストアンジェロですよ!』

車掌の呼びかけに青年は飛び起きた。

『…………ここは!!??』

『終点ロストアンジェロです。その様子ですと軍人さんはジパング戦線か西部戦線ですか?』

『あぁ、はい。えっと……僕はジパング戦線から。すいません、凄い時差ボケで。』

『かまいませんよ。それより、おかえりなさい。』

『あ、ありがとう。』

青年は故郷へと帰ってきた。戦勝ムードの街の中、家路を急ぐ。故郷の街はあまり変わってないようで、ほっとしているが、未だに祖国に帰ってきた実家が湧かない。ふわふわするような気持ちだ。

ふと、懐かしい甘い匂いに誘われた先は行きつけのカフェだった。

『いらっしゃい。……おぉ!久しぶり!良く戻ってきたなぁ!』

『ただいま。マスター。いつものやつ!』

青年は何時も頼んでるコーヒーとアップルパイを食べた。コーヒーは代用品だったが、アップルパイの懐かしい味に、やっと故郷に帰って来た実感が湧いて来た。

『じゃあ行くよマスター。アップルパイ美味しかった!イザベルは僕が帰って来たのをきっと驚くだろう。早く彼女を抱きしめてやりたい。今度は妻と一緒に来るよ!おかみさんによろしく。』

『あぁ、また来な。今度は代用品じゃあなく、ちゃんとしたコーヒーをサービスするよ。』

カフェのマスターに見送られ、下士官の軍服を来た青年は大きなバックを持って青い目を輝かせて帰路を急ぐ。愛しい妻への想いを馳せて。

やがて彼は我が家の前に。扉の前で大きく深呼吸をすると、ドアノブに手を掛けてゆっくりと回して中に入る。

『留守か。タイミングが悪かったなぁ……』

彼は、溜め息ひとつ吐くと夫婦の寝室に入った。

『……イザ……ベ……ル…………???』


ーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!











カン、カン、カン!!!

『静粛に。では検察官、起訴状を。』

2人いる裁判官の内、ハクタクの裁判官がそう告げた。6人の人間の陪審員と6人の魔物娘の陪審員が見守る中、検察官の男はスーツの襟を立ち上がると起訴状を読み上げた。

『……被告人はオーウェン・バドラー 25歳。アルカナ合衆国陸軍、人間部隊所属、志願兵、階級は中尉。人魔歴1939年より始まった第二次人間大戦終結により1945年10月8日にジパング戦線から帰国。10月10日 午後1 時20分頃、大陸鉄道にてロストアンジェロ市に帰郷。行きつけのカフェであるダンデライオンに5年振りに来店。アップルパイと代用品コーヒーを飲食後、自宅へ向かう。午後2時30分頃、自宅に着き、寝室へ。そこで妻のイザベルと被告人の親友である被害者、ベン・チャーチル氏との浮気現場を目撃。激情に駆られた被告人は被害者を暴行。被害者は全治12カ月の重症。拳銃の銃口を口の中に入れ自殺を図るも、駆けつけた警察官により取り押さえられる。午後3時43分、現行犯逮捕。起訴状での求刑内容は暴行罪、殺人未遂罪、自殺未遂罪を求刑します。』

検察官の男が粛々と読み上げる。被告人席のオーウェンは肩を落とし無表情で聞いていた。その目の輝きは無く、彼の茶色い髪がその冷たい影を一層濃くしている。その様子は端正な顔立ちからか生きた彫刻を思わせる。

『弁護側……何かありますか?』

今度はサキュバスの弁護士が席を立ち話し始めた。

『暴行罪、自殺未遂罪については起訴内容どうりです。しかしながら、殺人未遂罪については意義を申し立てます。』

彼は微動だにしない。

『検察から……被告人質問を要求します。』

カンカン!

『要求を承認します。被告人は前へ。』

裁判官の男はそう告げる。

オーウェンは証言台へと進むが、その歩みは鉛の足枷をつけられている様に重かった。

『バドラーさん、あなたは、あなたの妻イザベルさんとチャーチル氏の不貞行為を目の当たりにした時、どう思いましたか?彼に暴力を振るった時、殺意はあったのですか?』

『………………………………』

『確かに彼等は許されない事を犯しました。しかしながら、ここまでやる必要性はあったのでしょうか?……全治12カ月。これは殺意があったとしか思えません。……しかもあなたは、自殺未遂までしている。とんだ責任逃れも良いところです。ミスタ・バドラー。我々に納得のいくご説明を。』

そして、彼は俯いたまま何も喋る事は無かった。

『裁判官、被告人の黙秘権を要求します。』

弁護士席から声が飛ぶ。

『黙秘権を認めます。』
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