死の国の使者
弱り切った私の手には息子夫婦からの手紙が握られている。
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親愛なる父上へ
アルカナ合衆国へ渡り、あなたの起こしたハルミトン・スチーム・カンパニーはますます大きくなりました。私は幸せで妻ソフィーも娘のエルも父上と暮らす事を望んでいます。
次の主聖祭にソフィーとエル、それから友人のジェンキンス氏と一緒に父上に会いに行きます。ですから、もう一度考えてください。
アラン・ハルミトン
"
息子よ……私は思い出のこの家を離れる気にはなれないのだよ。それに、お前たちと幸せを分かち合うには時間があまりにも足りないようだ。
私は善き人間になれたのだろうか?
善き父親になれたろうか?
死の足音が聞こえてくるようだ。
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1903年の冬……若かりし私が地べたに這い蹲って父親と一緒に小さな工場で機械の部品を作っていた頃、アルカナ合衆国のレフト兄弟が初めて人間の力だけで、すなわち技術と機械を使い空を飛んだ。
飛行機の誕生に私は衝撃を受けた。
当時私は17歳だった。父親の反対を押し切り、家を飛び出し、引っ越した先のツェーリ市の小さな屋敷の馬屋に機材を持ち込み、スチームエンジンを作り出した。
その頃、妻スーザン・ハルミトンと出会った。少し病弱だが、美しく穏やかで優しい女性だった。私は恋に落ち、真心を伝え、結婚した。
『今は貧乏で、こんな物しか渡せない。しかし、いつか必ず素敵な結婚指輪を君に渡したい……』
『いいのです。……わたくしは、あなたと一緒ならどこででも幸せを作る事が出来ます。』
私はスーザンにエンジンの部品で出来た手作りの粗末な指輪を送った。
私は一生懸命に働き、スチームエンジンは順調に売れていった。スーザンも身籠り、順風満帆に思えたある日。
私の会社ホーカン・ワークスがエンジンの機構を盗んだとして訴えられ、裁判で負け、製造権と経営権を剥奪された。私は何年もの苦労を奪われ、破産し、人生のどん底を味わった。
自暴自棄になり、酒に溺れた私をスーザンは身重の身体で支えてくれた。そんな中、1人息子のアランが産まれた。
信じられないほどに愛おしかった。
子供を抱く母親は信じられないほどに美しかった。
私はスーザンと小さな命を守り抜き、幸せにしなければと思った。惨めな想いはさせまいと…………
私は立ち直る事が出来た。
それで私は一からやり直す事が出来た。幸いにもツェーリ中立国は魔物娘の存在を認めている。独学ではあるが魔物娘の技術と経営学を学び、新しくハルミトン・スチーム・カンパニーを立ち上げた。
蒸気機関と魔力エネルギーは親和性が高い。圧縮された気体と魔力が混ざり合って大きなエネルギーを生む。
特許を取得し、新しく完成した魔力蒸気機関のエンジン、ハルミトン・スチーム・システムはまだまだ大型だったが、あらゆる国や企業、軍隊が私の技術を高く評価した。
富が舞い込み、忙しくなった頃、私は念願の結婚指輪を買った。
『魔界銀とダイヤモンドの指輪でございます。きっと奥様もお喜びになりますわ!』
『そうか……そうか!』
そうしてその夜、花束と指輪の箱を手に足早に家に帰ると、家でメイドが慌てふためいている。
『旦那様!旦那様!奥様が!奥様が!!』
『どうした!!?』
メイドに付いて寝室に行くとスーザンが死の床についていた。駆けつけた医者は首を横にふるばかり。
『スーザン!』
『あぁ……あなた。おか……えり……なさい……。』
『君との約束を……ほら……結婚指輪だ!』
スーザンの左手に、その薬指には手作りの機械の部品で作った粗末な指輪がはめてあった。私はその上に重ねるように新しい指輪を送った。
『綺麗……あぁ……あなた……アラン……を……頼みます……』
『スーザン!行くな!行かないで!』
『もっと…………もっと……あなた……と……あ……アラン……と……一緒に……居たかっ……た……ごめん……なさい…………………………』
『スーザーーーーーーーーン!!!!!』
妻の葬式はしめやかに、慎ましく行われた。
7歳のアランは3日3晩スーザンの側を離れないで泣きはらしていた。
私はその時に初めて自分のして来た事を後悔した。もっと、スーザンとアランの側にいてやれればと…
それから、ゴミゴミとした都会の屋敷を引き払い、ランドル・ファラン領にほど近い湖のある片田舎の小さな屋敷にやってきたのだ。
その頃にスーザンの母親の姉に当たるフランシス叔母様から彼女の夫のアーサー・ハルミトン男爵が亡くなったので、婿養子の私にハルミトン男爵を継げと声がかかった。まともな後継者がいないからと言われたのだ。少なくとも、アランの従兄弟に当たるオリバーが成人するまで
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