首なし騎士の断頭台 (デュラハン)上

首無し騎士の断頭台



ダン……ダカダカダン……ザーーーッ、ダン……ダカダカダン……ザーーーッ、ダン……

『歩け……』

ジャラ……

『くっ……』

魔物国ノーマンズランドの国立闘技場前の大通りには真紅の絨毯が敷き詰められている。兵士が叩くスネアドラムの勇ましい音と白昼の光の中、鎖に繋がれて引き摺られるように罪人が歩いている。

私こと国家拷問官ベンジャミン・シュバルツ・リヒターは助手であり、従僕であり、愛すべき伴侶であるダフネと共にゆっくりと後ろから歩く。サキュバスらしい陰惨な笑みを浮かべて私に寄り添っている。

愚かな民衆は楽しくて仕方がないと言う様子で大通りの両端から身を乗り出して白昼堂々、物見の真っ最中だ。私が元いたベルモンテ王国にもこういった"催し物"があったがここまで悪趣味で楽しげで享楽じみてはいなかった。

あれが勇者か!

見た?なんて凶悪そうな顔だ……

なんと恐ろしい……

などと罵詈雑言が聞こえてくる。鎖に繋がれているのはツェーリ自由中立国の女勇者ヒルダ・ベルリオーズだ。銃と銃剣術の名手で"マスケット"の異名を持つ。

なぜ、こいつが鎖に付きになったか。それは少し前に遡る。

オランジュ独立戦争後、ランドル・ファラン王国の侵攻を受けた主神教国であるベルモンテ王国は、オランジュ公国に駐屯していた魔王軍の援軍を受け、渋々ながら共闘。辛くもこれを撃退した。

が……その後、魔王軍は手の平を返すようにオランジュ独立戦争介入とベルモンテ防衛戦争で弱り切ったベルモンテ王国に攻め入った。

女勇者ヒルダ・ベルリオーズは私の元雇い主であるベルモンテ国王に雇われたツェーリ傭兵団に所属する女勇者で、律儀にも王城前に陣を敷き、数少ない仲間と共に王都を包囲した魔王軍を相手取った。血の輸出とはよく言ったものだ。ツェーリの傭兵は金さえ払えば人魔を問わず、どの国にも、どの勢力にも、どんな戦争にも兵を送る。それがツェーリ自由中立国の国益になる。例えそれが負け戦であっても……

ヒルダは仲間たちと共に魔王軍に立ち塞がり、一騎当千獅子奮迅の活躍を見せるも最後にはドラゴンのハフナー将軍が放った魔界銀の弾丸に倒れた。

勇者という頼みの綱を失ったベルモンテ王国は呆気なく降伏し、王国はカルミナというリリムの手に落ち、ヒルダはオーベルシュタイン司教らと共に魔王軍に囚われた。

その後、囚われの女勇者を私の現在の雇い主であり、魔王の娘リリム・カルミナの姉君であり、ここノーマンズランド国主であらせられるカタリナ殿下の独断と偏見と気まぐれでベルモンテ王国より移送された。

ククク……憐れとしか言いようが無い。

元は美しいであろう亜麻色の髪は薄汚れ、ぼろぼろの布切れにも等しい服を纏い、鎖に繋がれて歩く彼女の首には聖女のメダイが輝いている。彼女の件を聞いた折、先日の拷問ショーで屠ったオーベルシュタインと同様に敬虔な主神教徒の勇者のまま連れて来いとダフネに命じてある。獄中での魔界産の食事を辞めさせ、彼女に聖典と法具を与えたところ、私の目論見通りに彼女は敬虔な主神教信者のまま、気高い勇者のままで私の前に現れた。


ジャラッ!!

ドサッ……

『とっとと立て!』

ギチッ!

ヒルダが転び、兵士は引き摺る様に無理矢理に引き起こす。その顔からは生気は感じられないが、勇者の証しである金色の瞳だけが爛々と輝いている。いまだ主神を信じ、奇跡を願い、なけなしだが希望を持っているのだろう。


いい……実にいい……。ククク……どうか精々頑張ってそのなけなしの希望を……虚しい願いを……薄っぺらい信仰を持ち続けてくれ。


口端を歪めずにはいられない自分自身に気づく。ダフネの笑い方が移ったのか、今私はさぞ酷い顔をしている事だろう。


やがて罪人を連れた一行は大通りを渡り、観客でごった返したノーマンズランド国立闘技場へ到着した。紅い絨毯は闘技場中央まで敷かれていて、両端にずらりとマスケット銃を構えた魔王軍兵士が銃剣先を揃えて並んでいる。絨毯が行き着くその先には舞台が設けられ、断頭台が高々と聳え立っていた。


聖者様だ!

黒衣の聖者様だ!!

ベンジャミン様ー!!

舞台の階段を上がる私に、この魔物の国の愚かな民衆は諸手を上げて歓声を送りつけた。

続いてヒルダが鎖に引かれて舞台に上げられる。

ザザーーーーーーーーーーーーーッ、ダン!!

スネアドラムが勇ましく鳴る。すると辺りが静まり返った。

私は拷問師の証しである黒い法衣を翻し、両手を慈悲深い聖職者然として広げ、仰々しく頭を下げ、羊皮紙の巻物を読み上げる。

『これより、裁判を開廷する。被告人、勇者ヒルダ・ベルリオーズ!!先達ての旧ベルモンテ王国攻略戦の折、魔王軍の侵攻を阻み、ひいては魔王の娘たるカタリナ様、
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