旅立ち


旅立ち


ベルモンテ王国が魔物の手に堕ちた。

自分の仕える国がこうもあっさり無くなるのを目の当たりにして、私はため息をつく。元から国などに興味は無く、日々淡々とした毎日を送る事に従事し、いずれはこんな国は滅ぶであろうと他人事のように考えていた私でさえも、感傷のようなものを感じているのは、やはりこんな国でも生まれ育った故郷と心の何処かで思っていたのだろうか。

そして今、私ことベンジャミン・リヒターはパイプタバコをふかしながらこれからどうするべきか?などと考えている。

オランジュ公爵が魔物と手を組みイスパール王国から独立を勝ち取った。免罪符交付などで腐敗を極めた西方主神教から分裂した主神教福音主義派との争いで人魔中立オランジュ公国が出来たのはつい10年ほど前の事だ。

しかし主神教福音主義派を国教とし中立国と定めてはいるものの、オランジュ公国の実態は親魔物国家同然だ。信じられない事に、オランジュ公国では宗教の自由が認められているらしい。

オランジュ公国が建国した事であぶれた西方主神教教徒が福音主義派と小競り合いを起こしつつ、ベルモンテ王国に流れてきた。

そこへ、狙いすましたように隣国で常に緊張状態にあったランドル・ファラン王国が侵攻した。ベルモンテ国王はイスパール王国に援軍の要請を出したが、王位継承問題で忙しくそれどころでは無いと突っ撥ねられたらしい。今度はブリトニア王国と戦争が起きそうだ。

そんな状況下、オランジュ公国からベルモンテ王国へ援軍が派遣された。

オランジュ公国に駐屯していた魔王軍の参戦で、ランドル・ファラン王国軍はベルモンテ領地内から引き上げていった。

しかし、問題はその後だ。今度は魔王軍が手のひらを返したように弱り切ったベルモンテ王国に侵攻してきた。王国はなすすべなく降服して今に至る。今に考えれば初めからそれが狙いだったのではないか?という疑問が出てくる。

信じられない事に、魔王軍との戦闘では死者は1人も出ていない。ただの1人もだ。派遣された魔王軍は僅かに1個大隊だという。いったい、どれほどの戦力差があるのであろう?と静かに戦慄を覚えた。

まぁ仕方ないと諦め半分、自棄半分、自分の無力さを感じつつ、感傷に浸る。何より私は新政府により自宅に軟禁と言い渡され、高等審問官という社会的地位、宮廷内の立場を失い、現在失業中だ。

安楽椅子に腰掛け、真昼間からワインとタバコを嗜みながらふと窓の外を見ると、豚の様に肥え太った貴族の男が大声を出しながら使用人を使い走らせている。彼は強欲で有名なグリューネヴァルト侯爵だ。新しい政府の下、摘発されるのを怖れて不正に収奪した贅沢品や汚職などで築いた財産を隠そうと必死なようだ。

彼に限らず大貴族と言われる奴らは強欲だ。ペン一本、皿の一枚、誰にも渡したくないらしい。嘆かわしい限りだ。

一方で、ベルモンテ王国を落とした魔王軍の長である白い悪魔は、人々に恩赦を与え、不当に捕らえられている人や奴隷の解放、市民階級の参政権の付与、減税など胸糞悪くなるほど人道的な政策を行っている。

コンコンコン!

『誰だ?』

『メイドのアンでございます……』

『入れ。』

不機嫌そうな私の声を聞いて、この年若いメイドはおっかなびっくり部屋に入ってきた。なんの用だ?と聞いても気の弱いメイドのアンはなかなか答えない。まぁ、無理も無いか……頭に元がつくが、高等審問官という仕事柄か怖がられるのには慣れている。私が不機嫌そうな目を……おそらく何時もだが、目を向けるとはっとしたように、小さく咳払いをしてやっと口を開きかけた。……のだが、今度は私のシャツが肌蹴ているのに気がついたようで顔を赤くした。

面倒なメイドだと内心呆れつつ、シャツとジレをなおしてやる。しかし……なんだ?こう、虐めたくなるような何とも言えないオーラを放っている。

悪戯心に魔がさし、ゆっくりと立ち上がってメイドへと近づく。案の定、気弱なメイドは後退りをして自ら壁際に追い込まれると少し怯えた上目遣いで私を見てきた。私は壁に手を置き、メイドの耳元で用は何だ?と囁いた。すると、顔を火鉢の様に真っ赤にしながら口を開いた。

『ベ…ベンジャミン様に、おおっお、お客様でございます。』

客?珍しいな……

『誰だ?』

『新政府の制服を着た黒い髪に白い肌の聡明そうな方でした。ハンス・シュミット……と名乗られましたがいかが致しますか?』

『ハンス・シュミットねぇ……』

何処にでもある有り触れた名前だ。それだけに怪しい。しかも新政府の制服を着ている……胡散臭いと自分で言いふらしている様なものだ……。取ってつけた様な平民出の平々凡々な名前。間違いなく偽名だ。

偽名まで使ってこんな陰気な失業中年男に何の用かと少しだけ興味が湧いてきた。職業
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