『お母さま〜!お母さま〜!』


若草が香る木漏れ日の庭で10歳くらいの男の子が母親を呼んでいる。可愛らしい栗毛に緑の優しい目を持ったその子は手に大事そうに何かを持っていた。


『わたしの愛しい坊や、どうしたの?』


すると、白いローブと頭にベールを纏った蒼い肌の女性が庭に出て男の子を迎える。


『お母さま、小鳥さんが……小鳥さんが……』


男の子が手を開くと、そこには青い小鳥がいた。動かない小鳥を見てお母さまと呼ばれた悪魔が首を横に振ると、男の子の目から澄んだ雫が落ち、その頬を濡らした。

『ノーマン……命には終わりがあるの。だから、お前と母で神様の国へ送り出してあげましょう……』

そう言うと母エルザはノーマンの頬をその手で優しく拭った。

『はい。お母さま……』

『この小鳥は幸運ね……お前に祈ってもらえるのだから……』

ノーマンは木の陰に小鳥をそっと埋めてお祈りをした。

『天にまします主神さま……天の王さま。あなたの広い手で小鳥さんの魂をお救いください。あなたの側にお導きください。ねがわくばあなたの深い愛で小鳥さんに祝福をお与えください。……そうあれかし…』

堅く握った手を解き、目を開けるとノーマンはエルザの胸に飛び込んだ。エルザはノーマンの頭を優しく撫でて抱きしめると、手を取り導くように家の中へと連れ帰った。



ある夜……


2人はリビングでソファーに腰掛けて聖典を開いていた。舌足らずな声でノーマンが読み上げている。

『愛はかんよーであり、愛はしんせつです。また人をねたみません。愛はじまんせず、おごりません。れいぎに反することをせず、自分の利益を求めず、いらだたず……ふ…ふ?』

『不義を喜ばず……』

『んー……ふぎを…?ふぎってなぁに?』

『そうさね……ノーマン……例えば、お前がお友達に嘘をついたり、裏切ったり……そういった悪い事よ。』

『僕そんな事しないよ!』

『そうだね……お前は良い子だから。さぁ、続きを読みなさい……』

『はい、お母さま…。あー……ふぎをよろこばず、真実だけを喜びます。』

ノーマンは聖典を置いてふーっ……とため息をついた。

『……では、この章で1番大事なことはどこか?そこを呼んでみなさい。』

ノーマンは少し考えてからこの章の1番最後を読む事にした。

『えっと……いつまでも、この世のおわりまであるのは、信仰と…希望と…愛です。その中でもっとも大いなるものは……愛です……』

『よくできました。えらいわ……』

微笑んだエルザは優しくノーマンの頭を撫でた。愛しい坊やは嬉しそうに目を細めた。

『さぁ、眠いであろう……もう、おやすみなさいな……明日はきっと優しいから……』

『はい。おやすみなさい、お母さま。』

ノーマンはエルザの頬にキスをすると、リビングを出て行った。

エルザはため息をひとつ吐くと

『……覗きとは趣味があまり良いとは言えないわね……』

と呟いた

すると、部屋の空気が歪んでそこから大きな蝙蝠羽を持った美しい女性が出てきた。エルザと同じく蒼い肌に頭には角が生えている。エルザと違い、燃えるような赤い髪は短く切りそろえられ、露出の高い軽装鎧を身につけて、腰には黒い剣が下げられていた。

『これは失礼。お久ぶりねエルザ。』

『お久しぶりねミエル……そうさね、ざっと11年ぶりかしらね?今年の審問官はあなた?』

『そうだ。今年は私だ。11年か……君が魔界最高裁判所から刑執行の為に出て、それが最後だったからそれくらいね。』

ミエルはテーブルに置いてある聖典に目をむけると

『……しかし、君はなぜ彼に聖典を?主神が祝福を施した使徒や預言者と呼ばれる憐れな人間に書かせた聖典を読ませるんだい?』

と言った。エルザは目をつぶり、ゆっくりとミエルに口を開いた。

『可笑しいかも知れないけど、私は主神を愛している……いえ、信じていると言った方が正確かね……笑いたかったら笑ってくれて構わない。』

『私の友、聖堂の悪魔エルザ。他の誰が君を笑おうとも、他の誰が君を蔑もうとも、私はあなたを笑わない。主神へのアガーパスか……』

『そうよ……だから私は私の愛しい坊やに、ノーマンにもう一度、愛する事を……聖典が本当に伝えたい事を学んで欲しいと思っているの。馬鹿にしないでくれてありがとう、ミエル。』

『そうか。エルザ……君は本当にノーマンを愛しているんだね。』

『そうよ。愛している。私が持つ全ての愛を彼に注いでいる……』

エルザは穏やかな笑顔をミエルに向ける。その目にはノーマンへの深く強い愛情が表れていた。

『…そうか……君の考えは良くわかった。だけどね!』

ミエルはスラリと腰の剣を抜いてエルザに向けた。

『もし、仮に君の“愛しい坊や”が道を
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