愛しのソフィー

愛しのソフィー




穏やかな春の昼さがりに悲鳴が響く。

『きゃぁぁぁああああ!!!』

バターン!!

と、窓を突き破るような勢いで飛び出して来たのはエクレアさんだ。ハルミトン家で婆やをやっている。

仕事を早く終えて午後3時きっかり、帰宅直後にこの悲鳴を聞いた屋敷の家主、ハルミトン男爵はまたか!と頭を抱えた。これでまた雇った婆やが辞めて行くのが目に見える。予感が的中するのならば今回で7回連続…。加えて最短記録なのだ…

胃もキリキリいってきた…

1人目の婆やはドブ川に落とされて

2人目は落とし穴…救出に半日くらい掛かった

3人目は何処で集めてきたのか30匹の猫をけしかけられて…この婆やは大の猫嫌いで猫アレルギーだ

4人目の婆やは閉所恐怖症で、使用人用トイレに8時間も閉じ込められて

5人目は何だか良く解らない…謎のうめき声を上げて去って行った

6人目の婆やは掃除中に使用人服のドレープにマッチで火を点けられて…幸いに庭の池に飛び混んだので軽い火傷で済んだ


さて、今回は何をやらかしたのやら…と男爵は気が気ではなかった。


『エクレアさん。どうしたんですか!?』

ハルミトン男爵が尋ねるとエクレア婆やは息を荒げて

『どうしたも、こうしたもありません!!』

と金切声を上げた。

『あー…息子がなにか…その…悪い事でも?』

『カエルが…ヘビが…カサカサが……!!!…オッホン!…ともかく!御宅の坊ちゃんのお相手はもうこりごりです!!ええ!こりごりです!!わたくし、辞めさせて頂きます!』

バタン!

と、エクレアさんは荷物をまとめて逃げるように去って行った。

見事に予感的中。1週間…ハルミトン家のメイドが7回連続で辞め、且つ今までの最短記録を樹立した。

この事で、男爵は自分の書斎に1人息子のアランを呼び出した。

『…はぁ。アランよ、何ぜ呼び出されたかわかっているな?』

『はい、お父様。』

『まったく、お前というヤツは…。今度は何をやらかした?』

『…………』

『はぁ…怒らないから、正直に言いなさい。』

『…エクレア婆やがきらいな、ヘビとカエルとゴキブリを婆やがお昼寝している時に背中に入れたんだ。』

『何てことをしてくれたんだ!!!!』

ドンッ!!…とハルミトン男爵は机を叩いた。ビクッ!とアランの背中が小さく飛び上がる。

『ハルミトン家の男子としてなんと、情けない!先日会ったジェンキンス男爵の息子さんはお前と同い年の10歳だが、もっとしっかりしていたぞ!!』

『はい、お父様。』

『はいはい言っていれば良いというものでは無い!はぁ…!将来は男爵家とハルミトン・スチーム・カンパニーを継ぐのだ。まったく、お前はもっと自覚を…』

ジリリリリリリリリン…ジリリリリリリリリリン…

お説教の途中で書斎の電話が鳴り出した。

『…もう良い。電話に出なければ。お前は部屋に入って反省しなさい。今日は夕食抜きだ。』


『はい。失礼します。』


『…ガチャ…もしもしホーカン・ハルミトン男爵だが…おお!これは、これは、グレンさん!最新式の蒸気機関を送風システムに使用したオルガンは…ええ…ええ…それはそれは!…』


バタン…


ハルミトン男爵は電話で会話をしながら、アランを横目で見送った。

一方のアランは部屋に閉じこもって、明かりもつけずにベッドの片隅で涙をこらえながら小さくなっていた。






『そういうことじゃないんだよ、お父さん…』






ガチャ…チン!

『ふぅ…やれやれ。また新しい婆やを探さないと…。アレンよ…お前は、まだ母親のことを…』

男爵はポルト酒を飾りグラスに注ぎ、パイプタバコに火を入れながら、机の上の写真に目を向けた。彼は3年前に病気で亡くした伴侶、アランの母親スーザンの事を思い出していた。

スーザンは病弱ではあったが穏やかで優しい人で、とびきりの美人だった。今でも男爵は愛しのスーザンを夢に見る。

結婚してアランが産まれてからはハルミトン男爵は仕事一辺倒の仕事人間に拍車がかかり、育児だのなんだのは殆どスーザンとメイドに任せきりにしていた。

そんな時に彼女は流行り病に掛かってしまい、スーザンはあっけなく逝ってしまった。

その時、当時7歳のアランは3日3晩スーザンの側を離れないで泣きはらしていた。

ハルミトン男爵はその時に初めて自分のして来た事を後悔した。もっと、スーザンとアランの側にいてやれればと…

それから、ゴミゴミとした都会の屋敷を引き払い、湖のある片田舎の小さな屋敷にやってきたのだ。

『スーザン…君だったら何と言うかな…。もっと君やアランと向き合っていれば…。』

ハルミトン男爵はもっと息子のアランと家族の時間を作りたいのだが今、男爵の会社はとても繁
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