愛の影
むかしむかし、西の大陸には人魔中立の国、芸術の都と名高いビエナという国にダニエル・グレイという若者がいました。ダニエルは音楽家として、また教師としてフルートやオルガンやピアノを弾いたり教えたりしていました。
月の日には学校で生徒に音楽を教え
火の日にミサで使う曲の作曲を始め
水の日には、弟子達にフルートやピアノの指導
木の日に曲を書き終わり、仕事の合間に活版印刷所へ
黄金の日には、貴族の邸宅でピアノの指導とフルートのコンサート
土の日に聖歌隊に譜面を配り教会でリハーサル
太陽の日に教会でミサと結婚式や葬儀でオルガン演奏をします。これが彼の一週間です。
敬虔な主神教の教徒で、寝る前や食事の前、教会でオルガンを弾く前には必ず主神への感謝を忘れませんでした。
『主神よ、天の王様よ、日ごとのパンに感謝します。日ごとの平和に感謝します。あなたの名前に栄光がありますように...』
貧乏貴族出身の若い音楽家の生活は決して楽なものではありませんでしたが、ダニエルは満ち足りていました。
そんなある日のこと、太陽の日のミサが終わり、その帰り、教会の門の前で若い女を見たところ、ダニエルは一目で恋に落ちました。女の名をアンジと言い、長い亜麻色の髪と茶色の目を持った異邦人の美しい女でした。ダニエルは花と愛を告げてアンジと恋人になりました。
ある冬の日のこと、アンジが教会で泣いていました。
『アンジよ。あなたは、なぜ泣くのですか?』
と聞いたところ、アンジは父が死んで生活の頼りがないとダニエルに話しました。
『あなたのお父様のことはとても悲しい事です。ですから、お父様の為に主神にお祈りをしてください。これからの事は大丈夫ですから…』
ダニエルは心から彼女を愛していたのでアンジの生活の面倒を見る事にしました。
ダニエルはこれまでよりも、多く働いてお金を集めました。より多くの曲を書き、より多くの弟子を取り、やりくもない傲慢な成金貴族のサロンでの演奏をしたり、結婚式やお葬式の演奏も増やしました。
ダニエルは一度アンジを家に招き入れて、一緒に住もうと思いましたが、結婚もしてない男女が同じ屋根の下に住むことを良しとしませんでした。
アンジは父が死んだ悲しさからかどんどんヒステリックになっていきました。
名のある医者に診せたところ、どうやらアンジは気鬱に掛かっていたようです。
ダニエルはアンジの借家や生活や高い薬代の為にこれまで以上に身を粉にして働きました。ですが一向に状況は良くなりません。
『今さえ乗り越えれば、きっとアンジは立ち治り、私たちはきっと幸せになれる。』
そう言い聞かせて、ダニエルは働きました。アンジと出逢って3年が経とうとしていました。ダニエルは休む間も無く働いて、どんどん痩せていきました。
3年の間にアンジのヒステリックはどんどん酷くなっていきました。心ない事を言われたり、物を投げつけられたり、傷をつけられたり、果てには大切な仕事の成果である楽譜や父親から与えられた大切なフルートを窓から投げられました。ダニエルは深く傷つき、悲しみました。アンジの面倒を見ながら新しいフルートを買わなくてはならなくなり、お金が必要になったので、ダニエルは生活を更に切り詰めました。
それでもダニエルはアンジを大切に思っていたので、両親に紹介しました。しかし、紹介したところ、あろう事かダニエルの両親、グレイ男爵と男爵夫人を蔑ろにしてしまいました。
『美しいが、何という娘だ!…ダニエルよ、絶対にあの娘との結婚は認めん!お前は何と情けないのであろうか!!』
と、父親のグレイ男爵はカンカンです。母親の男爵夫人はアンジの心無い言葉に泣いていました。
この事はアンジの気鬱病の為だとダニエルは思いました。いつか病気が治って、その時に会えばきっと許して下さる…そう思っていました。アンジを信じていたのです。
本当にダニエルはアンジを深く深く愛していました。辛抱強く我慢し、笑顔を絶やさず、不満を漏らさず、怒らずに、ただ2人で幸せになる為に黙って働きました。
そんなある日のことダニエルの仕事が珍しく早く終わり、いつもより早い時間にアンジに会いに行こうと、帰路に着いたところ、街中で彼女を見ました。声をかけようと思いましたが、壮年の男と一緒にいたので声をかけられず、暫く様子を見る事にしました。
彼女とその壮年の男は仲が良く、アンジはダニエルに見せる事の無い様な笑顔をその男に見せていました。
アンジと男が話しています。…ダニエルの事についてです。
『馬鹿な男……』
と、アンジは一言語りました。彼女は笑いながら男と一緒に街の中へ消えていきました。
ダニエルは急に不信に思い、病院や生活の為と渡して
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