ドクトル・キャサリンの研究室
薄暗い実験室の中、様々な計器や機材が唸り声や蒸気を出している。至るところに書類や本が散らばり、中にはフラスコに浮かぶ怪しい液体やら薬品やら、ホルマリン漬けにされた気味の悪い臓器やらなんやらがプカプカ浮き沈みしていた。
その中に埋もれるように実験に勤しむ白衣を着流した研究室の主が一際大きな実験機の前で計器の針をレンズが沢山付いた研究眼鏡を弾きながら注意深く見つめていた。ボサボサの寝癖ほったらかしの短い癖っ毛の黒髪がガラスに映って少し気になる…
これが私の姿、キャサリン・ブラックマンの姿だ。
ようこそ、私の研究室へ。
ヴゥゥゥーーーー………
『…よし、安定した。人口脳起動…』
培養液に浸かったそれに手をかざして魔方陣を起動させる。大きなフラスコが薄暗い明かりを放つと、フラスコに付いた沢山のコードが鈍い音を出してエネルギーを送る。
フィィイイン…
『……よし。起動確認。魔力系統、人口脳擬似神経接続、電気信号、反射確認……対象の人口筋肉の制御開始。私の手の動きとリンク……作動実験開始。』
機材の中の金属製の腕がカチャカチャと音を立ててガラスに映った白衣の少女の手の動きと全く同じ動きをする。
『…作動誤差0.02…まずまず…。伝達された電気信号を魔力ジェネレーターに与えて人口筋肉を動かすまでに、私の魔法と人口脳の2プロセスを挟むから、実際はもうすこしレスポンスが…でも、圧倒的にデータが足りない…魔力ジェネレーターによるエネルギー制御系統が実際どの程度……ブツブツ......』
『どうじゃ?上手くいっているか?』
突然、ひょこっと、私の後ろで無邪気な笑顔と共に、これまた無邪気な声で元気よく挨拶した少女……幼女が立っていた。幼女は山羊のような角と蝙蝠の羽根、フサフサの手足を持ったバフォメットという魔物娘だ。少女と同じ白衣をズルズルと着ている。
『…バフォ様。ノックしました?』
幼女はつるぺたの断崖絶壁の胸を目一杯えっへん!と張り上げて
『して無いのじゃ!どうじゃ、どうじゃ?ビックリしたか?』
と、可愛い満面のドヤ顔で私に返事をした。おおきな眼鏡がまた斜めになってる…
『……シマシタヨー』
対する私はなんとも言えない表情で答えた。多分棒読みになってる。
『…お主、相変わらずよのぅ………。』
『…ヴァルフォア先生も相変わらずですね。』
この少女…もといこの幼女、マナ・ヴァルフォア先生は私の魔法と錬金術と医学の師だ。彼女はこのカルミナ国の魔王軍サバト魔法技術開発局兼、人魔練金科学研究所の共同研究者で支部長だ。言わば私の上司に当たる。彼女はダルダルの白衣の袖をまくりながら小さくコホン…と咳払いをした。
『それで、キャサリンよ。成果はどうじゃ?』
『…結果は上々です。そろそろ、この技術での生体実験が可能です。この義手が成功すれば、義足や義眼などの様々な生体機器への代替えが可能になります。』
私は今、生体医学、錬金術、魔法科学技術を駆使しての義手を開発している。より本物に近く、感覚も痛覚もある。そんな、生命医学の根源にせまる研究だ。
『それで先生…肝心の被験体は…?』
ヴァルフォア先生は腕を組んで顎に手を当てた。彼女が悩んでいる時の癖だ。
『…被験体は打って付けのが手に入った…しかし、しかしな?少々厄介で…』
『…なんですか?』
『まぁ、後々わかるでな。焦るでない……明日には輸送されてくる。それに、今日中に資料が届くじゃろう。後で使いを寄越す。』
ヴァルフォア先生は顔を少し曇らせながら何かを考えていた。
『キャサリン...』
『はい?…』
『えと…なんでもないのじゃ!……わしはサバト・ロリの会があるので、これで失礼するぞい☆』
『はい…。』
そうすると、先生は魔方陣で扉を作り、何処かへ行ってしまった。後には机に置いてある飲みかけの冷えたコーヒーを啜りながら殺風景な部屋兼研究室のなかで取り残されてしまった私だけだ。
『寒い…』
私はアンデット・リッチだ。生きていた頃から研究と実験と実証を続けるため、死ぬほど未練がましく縋り付いて、生体錬金術の研究中、偶然発見した死霊術のその果てに魔物娘になってしまった。そんな時にヴァルフォア博士に拾われて、カルミナ国に流れ着いた。もう、何百年も前のことだ。
私は……自身の研究にその身を捧げるエゴイストだ。生命の機能や命の根源をテーマとする自分の研究の他に何も興味が無く、自分自身の事にも他人事みたいな感覚がある。そんな自分に時々嫌気がさす。心臓も動いていない。魔力の増幅器官として胸に収まっているだけだ。心も部屋の隅に転がってる小さな箱の中に閉じ込めてしまった。血の代わりに魔力が流れるこの身体は体温も死人
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