友人 A

友人 A



ホームルームが終わり、鐘の音の響く中を慌ただしく学友達が駈け出して行く。

恋にオシャレの相談をする女子、男子の少々品を欠いた笑い声。ため息混じりにこんな所でいつまでも溜まってるんじゃないと少し鬱陶しそうな先生の声。

これから友達と遊ぶ約束があるのだろうか。

あるいは、塾へと出掛けて更なる知識を頭に詰め込もうと急いでいるに違いない。

それとも文化、スポーツの倶楽部活動へと赴き、若い情熱を燃やしに行くのだろう。

先生は明日にでもやる小テストの問題を作るのだろうか?復習をしておこう。

おそらくそれは全てで、またどれでも無いのかもしれない。

騒がしいのは苦手な性分で、人が居なくなるまでの少しの時間を毎日こうして学友達の背中を見て、或いは窓に映る雲を眺めて過ごしている。

この高校は進学校だから授業は7限までびっしりで、わたしが席を立つ頃には太陽はもう西に傾き掛けていた。

4時を少し過ぎた頃、まだ図書室が閉まるまで小一時間ある。人気の少ない廊下を歩いて図書室で本を漁り、そうして手元に残った何冊かの本を持ち、文学部の部室に向かう。

今日は吹奏楽部の練習が無い日だろうか?夕焼けになりかけた山吹色の光の中で、遠く離れた音楽室から美しいバッハの旋律が聴こえてくる。

たしかゴールドブルク変奏曲のアリアだっただろうか?ひどく美しく、そしてどこかノスタルジックで儚い午後の学校にピアノの音が輪郭を描くようだ。

良い。実に良い。

この様な景色に出会う度に、この様な気持ちになる度に、十年か二十年後の未来の自分が学生である現在のわたし自身を振り返った時に、始まりも終わりも定かではないけれど、確かにこの時こそ青春だったと……きっとそう思うに違いない。

青春……か……。

わたしはこんな青春はごめんだと少しわたし自身を笑った。

廊下を渡り、階段を降りて、歩いた先に文学部の部室(とは名ばかりの倉庫)がある。

少し躊躇って扉をガラリと開けると、そこにはいつもの通り先客がいるのだ。

1人しかいない文学部の部室のわたしの机の上の粗末なプレートには

【 文学部 部長 】

と書かれている。

彼はわたしの机の前で何処からか持ち込んだイスに座って本を読みながらいつも通りわたしを待ち構えていた。

『こんにちは、クレアさん。』

" わたし " をファーストネームで呼ぶ目の前の彼は和木野・善人(ワキノ・ヨシヒト)である。

『今日も、作戦会議をしましょう。』

そう言うと彼は頭を下げた。




事の発端は少し前に遡る。




わたしの名前はクレア・グレイ。文学部に所属する高校2年生。魔物娘のドッペルゲンガーで異世界留学生。将来の夢は劇作家になる事。

趣味は読書と音楽、舞台、映画の鑑賞。

特技は……特に無し。

それはそれとして……

わたしの家、グレイ・ファミリーは代々芸術一家である。作曲家のひいお爺ちゃんダニエル・グレイを筆頭にその妻のアンナひいおばあちゃんは教会オルガニスト。その娘のアリアおばあちゃんはソプラノ歌手。お婿さんのラルゴットおお叔父さんは有名なバス歌手で音楽教授。アリアおばあちゃんの一回り歳下で大叔母のダニエラおばさんはオーケストラのビオラ奏者。お婿さんで義理の大叔父のゴーシュ兄さん(ショタ)はチェリスト。お母さんの4つ歳上のクララおばさんは室内楽のフルート奏者で、お婿さんのカナタ叔父さま(ダンディ)もフルート奏者。お母さんのアンジェリカはピアニスト。パパのレナードはオーボエ奏者。上の従姉妹のメリルはハープとヴァイオリンの英才教育。そんな一家だ。

わたし?

わたしは音楽家ではなく、劇作家を目指している。有り体に言えば物書きである。……わたしの楽器や歌の腕前はどうか聞かないでほしい。

そんな一家の変わり者のわたしだけど、小さい頃のある日、舞台を見て劇作家になりたいと話したら、ダニエルひいお爺ちゃんから異世界に行って世の中を色んな角度から見ておいでと言われて、そう言う訳で西暦世界の日本の学校に留学している。

そう。わたしは物書きだ。

物書きだから草案や物語を彩るキャラクターのモデルになりそうな人なぞを纏めたノート。いわゆるネタ帳。若しくは黒ノート。そう言うものを持っている。

つまりはとびきりの秘密。

しかしながら、ヒトの秘密と言うものはちょっとした出来事が原因で破られてしまうのが世の常だ。

あれは2年生になって間もない頃だった。

スランプ中(実は今もだが)のわたしはあーでもない、こーでもないと行き詰まって、徹夜をして寝不足で学校に来てしまった。

何とかその日の最後の歴史の授業を乗り切って。

『はい。ではノートの提出をお願いします。』

歴史のノートの提出を求められた。同回生の嫌そうな声
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