後編

今後の期待といささかの不安に心は乱れ、午後はずっと上の空だった。
とにかく真夜さんに会いたい。今すぐ会って色々お話したい。
抑えきれない想いを抱きながらなんとか仕事をこなし、ようやく終業を迎えた。

急いで帰宅しようと会社から飛び出したが…… そうだった。
せっかく祝ってくれるというのに、このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。
どうしよう…… そうだ。真夜さんはチキンが大好きだ。チキンを買っていこう。
でも、バフォ様の話からすれば、もっと違うものを買わなければならないかもだけど。
まあどっちにしても準備が足りない。それはじっくりと考えよう。真夜さんと一緒に。
僕は妙な気持ちの高ぶりを感じながら帰路についた。

















「よし…… 大丈夫だ」

僕は深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
目の前には見慣れたはずの我が家のドア。
だが、それが見知らぬ家に初めて訪れた時の様に緊張する。

あれからチキンを買いに寄っていたら少し遅くなってしまった。
玄関先は照明も無いので、薄暗い中鍵を取り出してドアを開けようとした。
その途端、かちゃりと音がしてドアが開かれると、中からオレンジ色の光が溢れ出す。

「おかえりなさい!今日もお疲れ様でした」

柔らかい声が僕を出迎えてくれた。
声の主はいつもと変わらぬ優しい微笑みを浮かべている。
もちろんそこにいるのは真夜さんしかいない。

「ただいま帰りました」

ぼくが挨拶を返すと、彼女の純白の蛇体が機嫌良さそうに揺れる。
いつの頃からか僕は真夜さんに合い鍵を渡していた。
彼女は朝晩には必ず顔を出して色々世話を焼いてくれるのだ。
今日もそうだけど、朝は起こしに来てくれるし、夜はご飯を作って待っていてくれる。

「うふふっ。これから楽しいパーティーですよ。あ、でも先にお風呂入ります? 」

「そうですね。お風呂を先に…… あと、これ。一緒に食べませんか?」

家に上がった僕がチキンの箱を差し出すと、真夜さんは大喜びで声を上げる。
可愛らしい仕草で軽く手をぽんと叩いた。

「まあまあ。ありがとうございます!豪華なお祝いになりますねえ」

「いいえ。そんな…… こちらこそわざわざありがとうございます」

真夜さんは本当に嬉しそうににこにこしてくれる。
彼女はチキンの箱を受け取ると蛇体を伸ばして、僕の手にそっと巻き付けた。
すべすべで温かい蛇体の感触は、いつもほっとする心地よさだ。

「もう…… そんな堅苦しい挨拶は抜きですよ。さ、用意は出来ていますから。ゆっくり温まって来て下さいね」

僕も蛇体をそっと握り返す。
真夜さんの笑顔と温かさを感じて、先ほどまでのざわめきはいつしか治まっていた。

















「ごちそうさまです。あの、とても美味しかったです」

「お粗末様です。喜んで下さって嬉しいですよ」

僕がお礼を言うと真夜さんは嬉しそうに微笑み、尻尾を揺らして見せた。

あれから真夜さんが誕生日を祝ってくれた。
いつも以上に豪華な夕食を食べた後は、一緒にケーキを食べて少々お酒も飲んだ。
いまさら年が増えたのを祝ってもらってもなあ。と少々気恥ずかしくもあった。
でも、やっぱりこうしてもらうのはありがたく、心がぽかぽかしてくる。

今は後片付けも終わって、寝る支度も終えた僕は、ソファに腰掛けてくつろいでいる。
真夜さんも隣に寄り添ってきて、蛇体が優しく肩に巻き付いてきた。
はじめの頃は蛇体に巻き付かれて驚いてしまったけど、もうすっかり慣れてしまった。
というか、真夜さんの温もりと柔らかさに包まれて幸せな気持ちになれる。
僕は真夜さんに身を預けながら、何か見ましょうかとテレビの電源を入れた。

「この店うちの近所にあったんですね。真夜さん行ったことあります?」

「ええ。なかなか美味しかったですよ。雰囲気も良かったので今度一緒に行きませんか?」

「ぜひご一緒させて下さい! 今日のお礼に僕がご馳走しますから」

「うふふっ。そんなこと言われると期待しちゃいますよ…… あ。ほら!この洋食屋さん。ついこの間出来たところですね」

僕たちはありふれたグルメ番組を見ながら、ここが美味しそうとか一緒に行こうとかおしゃべりしている。
真夜さんと親しくなる前は、こんなくだらねえ番組と冷笑していたはずだった。
それなのに今では一緒に楽しく見ている自分がいる。

ああ、そうか。この手の番組は仲良く過ごす人と一緒に見るためのものなのか。
それとも真夜さんが側にいてくれるからなんでも楽しく思えるのか。
とりとめの無い思いを抱きながら、僕は真夜さんに身を寄せて温かさを感じる。
真夜さんの蛇体も僕を抱きしめるように絡みついてきた。

柔らかい感触が僕を包み込み、全身の心地よさが頭にも浸透してくるよ
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