夜。穏やかで安らぎの眠りのひととき。
僕は暖かい布団にくるまって睡眠を貪っていた。
だが、そんな至福の時間も終わるときが来る。
僕はいつしか目覚めていたが、部屋の中は薄暗く、日差しが差し込む様子も無い。
「…… 」
寝ぼけまなこで今の時間を確認する。
その時だった。
静かにドアが開くと誰かが入ってくるのがわかった。
その者は僕の耳もとで、落ち着かせるように優しく語りかける。
「おはようございます…… まだ大丈夫ですよ。あとでわたしが起こしに来ますから。それまでお休みくださいね」
透き通った声でその声の主は女性だとわかった。
彼女は僕の頭をそっと撫でてくれる。
このひとがそう言ってくれるのなら大丈夫。まだ寝ていられる。
僕は頭から布団を被りなおすと、無言で目をつぶった。
布団は柔らかく、とても暖かく心地よい。
朝もめっきり寒くなったので、外に出たくなんかない。
ずっとこのままいられたらなぁ。でも、そうもいかないよなぁ……
叶わぬ思いにため息を付きながら、再度まどろみに落ちていった
「おはようございます…… もう時間ですよ」
先ほどの透みきった声が聞こえると同時に、肩に優しく手が触れる。
僕はすぐに目覚めたが、起きる気力も無く顔を背けた。
「ね…… 時間ですから。そろそろ起きましょう」
声の主は優しく諭すように言うと僕を揺すりはじめる。
でも眠いものは眠いのだ。
僕は布団を頭からかぶって抵抗する。
「もう…… 本当に遅刻しますよ」
揺する動作が幾分激しくなってきたが僕は無視し続けた。
「仕方ないですねえ…… じゃあ、こうです」
その女の人はひそやかに笑うと、不意に耳元でささやく。
「おねぼうさんにはおしおきです…… 」
熱い吐息が耳元にかかって背筋がぞくっとした。
その瞬間、耳にぬるりとした物が触れて、ぴちゃりという水音をたてる。
僕が慌てる間もなく、それは耳の穴の中に侵入してしきりに舐め回した。
ぬるぬるで、少しざらざらしていて、熱い感触。彼女の蠢く舌が僕の耳を犯す。
「ひいっ…… 」
たまらず声を上げた僕は、跳ね上がるように上半身を起こした。
「おはようございます。わたくし特製の目覚まし、いかがでした?」
身を起こした僕の目の前には美しい女性がいた。
たっぷりとした雪色の長髪。深紅の瞳。長く地を這う蛇の下半身。
クリーム色のブラウスが包む胸ははち切れんばかりだ。
彼女は魔物娘。白蛇の女性だ。
白蛇の女性は、悪戯っぽくも朗らかに朝の挨拶をした。
「あ…… おはようございます真夜さん」
僕が挨拶を返すと、その女性、真夜さんも静かに頭を下げた。
すっかり明るくなった部屋。彼女の白く輝く髪が朝日で煌めく。
「うふふっ。もう朝ご飯出来ていますよ。いつでもどうぞ」
真夜さんはその美貌に笑みを浮かべると、蛇体をうねらせて部屋を出て行った。
魔王の統べる王国と国交が結ばれて、もうどれだけの月日が経っているのだろう。
魔物娘はすっかり社会に溶け込んでおり、先ほどの真夜さんもうちのご近所さんだ。
ひとり暮らしで寂しい毎日を送っていた僕を、彼女はいつも気づかってくれた。
毎日色々とお裾分けしてくれていたが、気が付けば家に出入りするようになっていた。
最近では炊事洗濯掃除までしてくれて、さっきのように朝も起こしてくれる。
今では真夜さんと一緒に過ごす日々が当たり前になっていた……
「さ、どうぞ。沢山お召し上がりくださいね」
「ありがとう」
テーブルに着いた僕は、真夜さんがよそってくれた温かいご飯を頬張った。
脂が乗った鮭の塩焼き。具がたっぷり入った豚汁。ごまとほうれん草の和え物。
真夜さんの心づくしの料理に夢中で舌鼓を打つ。
「ん…… むぐ」
「はいはい。そんなに慌てないでいいんですよ。ご飯は逃げませんから…… 」
真夜さんは苦笑しながらお茶を出してくれた。
僕はさっそく手に取ると味わいながら飲む。
お茶は程よい濃さと温かさで、真夜さんの心遣いが嬉しい。
「ふぅ…… 今日も美味しかったですよ。ごちそうさま」
僕は食べ終わると一息ついた。
真夜さんのご飯はとても美味しいので、食欲が沸いて夢中で食べてしまう。
以前は朝の食欲など全く無く、食べることすら出来なかったのに。
お礼を言うと真夜さんも嬉しそうに微笑んだ。
「いいえ。お粗末様です」
空気が和らぐような優しい笑顔にはいつも癒される。
僕は歯を磨くと椅子に背を預けて、仕事前のひとときを過ごした。
真夜さんは僕の落ち着くのを見届けるようにしてから洗い物をはじめる。
ほんのわずかの水音と食器がふれ合う音。
そちらを見ると、長い蛇体が機嫌
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