素直になれなくて…… なりたくて……

「いるんでしょ。お願い。お願いだから話し合おう…… 」

玄関ドアの向こうから悲痛な声が響き渡る。
わたしは俯いて座り込む。心を切り裂くようなその声を聞くまいと耳を塞いだ。

「小夜ちゃん。なんでなの。どうして何も言わないでいなくなっちゃったの…… 」

外からは激しい雨音が聞こえる。
カーテンを締め切った暗い部屋の中、わたしはただ座り込む。
今にも泣きそうな彼の声。耐え切れずに何度も首を左右に振り続けた。

「ねえ小夜ちゃん。俺が嫌いになったのならそう言って。大嫌いだ。そんな顔二度と見たくない。そう言ってさえくれれば諦められるから…… 」

何かを諦める様な絶望的な声。もう耐えきれなかった。

「お願いもう帰って…… わたしに構わないで! 」

自分の上ずった叫び声を耳にしながら、いやでもあの頃を思い出した……

















魔物娘と呼ばれる存在が、当たり前のように人間と暮らすようになって、いったいどれだけの月日が経ったのだろうか。
当初は衝突や紛争も起こったらしいけど、それは歴史上のことにすぎない。
今では人と魔は共存共栄の間柄だ。

わたしも一人の魔物娘として、ドアの向こうにいる彼とはずっと一緒に過ごしてきた。
ほんとうに優しい子。優しくて思いやりがあって、そしてわたしのことを誰より慕ってくれる。とっても可愛い子……

当然いつしか幼なじみ以上になり、そして友達以上にもなっていった。
本当に幸いなことに告白も彼からしてくれて、天にも昇る気持ちだった。
嬉しい…… 彼とはこの先もずっと一緒に生きていこう。何度そう思っただろう。

でも…… できなかった。

わたしは自分の体を見つめる。
そこには異様に多くの節と足を持つ長く伸びた下半身があった。上半身には毒々しい色の筋が走り、無数の足は波のようにうごめいている。

そう。これがわたし。大百足という魔物娘。異形の体を持つ醜い存在……
湧き起こる嫌悪感を抑えきれず唇を噛む。
魔物娘は当たり前の存在にはなったけど、わたしみたいのは……ダメだろう。

ああ…… なんでわたしサキュバスさんに生まれなかったんだろう。
スタイル抜群のエロい体のサキュバスさんは大人気だ。

下半身が人間っぽくなくてもラミアさんだったらよかったのにな。
艶めかしい蛇の下半身を持つ彼女達は根強いファンが多い。

みんな自分たちが魔物だということを気にもせず、人間達と睦み合っている。
みんな大好きなひとと一緒になっている。
それなのにこのわたしはこんなに不気味な体でこんなに禍々しい色で……そして何よりこんな情けないうじうじとした性格で……

だめ。こんな醜いわたしじゃ彼と一緒になんかなれない……
狂ったように何度も何度も首を振る。

本当のわたしを知られれば彼に嫌われちゃう。絶対に嫌われちゃう。
でも好き。大好き。とても気持ちを抑えきれない。いつか無理矢理彼を襲っちゃう。
けれど、それでいいの?そんなことで彼を幸せに出来るの?
こんなわたしと一緒で彼を幸せに出来るの?

無理よ。絶対に……

うちの父母はとても仲良く、素敵な夫婦だったけど、静かにひっそり生きてきた。
母も周囲には大百足であることを隠しており、私みたいのは表に出ちゃいけないとよく言っていた

ふたりとも諦めちゃダメだ。私たちも力を貸すからと励ましてくれたけど、空虚な言葉にしか聞こえなかった。
父さん母さんは運が良かっただけ。わたしには絶対に無理だ。と。

もういい。消えよう。このままじゃお互い不幸になる。消えて一切を忘れよう。
長い間の懊悩の末、わたしは人知れず故郷から……彼のもとから去って行った。

見知らぬ街でわたしは隠れて生きてきた。もう誰とも関わるつもりは無かった。
わたしは誰を愛しても、(万が一にも無いだろうけど)愛されてもいけない。
このまま静かに滅びていかなければならない……

いつしかこんな生活にも慣れてきたのに。それなのに、彼はわたしを探し出した。
いまもドアの前でわたしに呼びかけている。
その懐かしい声でわたしの心を揺さぶっている。
まだくすぶり続けている気持ちを燃え上がらせようとしている。

ああ…… なんでなの……

いつしかわたしは両手で顔を覆い、苦悶の声を上げていた。
暗い衝動に身を任せて声を上げ続ける。
声に気が付いたのか、ドアの向こうにいる彼が気づかってくれた。

「小夜ちゃんどうしたの。大丈夫?」

「いいから帰って! 放っておいて! 」

「そんなことできるわけ無い!」

わたしの叫びを打ち消すような強い声が聞こえる。
 
「小夜ちゃんがこんなに苦しそうにしてるのに、それなのに放っておける訳ないじゃないか…… 」
  
「…… 」

言葉を失うわたしに、彼は優しく語り出した。

「ねえ。小夜
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