「さてと……今週もお疲れ様…… 乾杯!」
「乾杯! 」
咲はジョッキを掲げると朗らかに笑った。
俺も陽気に乾杯を返すと、ジョッキに口をつけて一気にあおる。
たちまち冷えたビールの爽快感が喉を通り抜けた。
「〜〜〜〜っ!」
休日前の解放的な気分で飲むビールは格別だ。
思わず変なうめき声が出てしまうが、咲も喉を鳴らして夢中で飲んでいる。
別に気にする素振りを見せない。
俺は残っていたビールを飲み干すと、一息ついて辺りを見回した。
繁華街にある居酒屋の一室で俺たちはくつろいでいた。
ほの暗い部屋は幻想的な暖色の明かりで照らされている。
室内は品よくまとめられており、なかなか居心地がいい。
週末の今日。俺は咲に誘われて一週間の慰労も兼ねて飲みに出かけたのだ。
咲はいつも行く居酒屋ではなく、明らかにランクが上のおしゃれな店に連れ込んだ。
最初は尻込みしてしまったが、いつも世話になっているから今日は私が持つと言われて安心してしまったのは情けない。
テーブル越しの咲は、柔らかい毛に包まれた耳をぴくぴくと動かしている。
太い尻尾も機嫌よさそうに揺れている。
愛くるしい仕草に俺は微笑みを抑えきれない。
「仕事終わりに飲む酒ってなんでこんなにうまいのかな? いや。きみと飲んでいるからなんだろうね……」
もう酔いが回ったのだろうか。咲は頬を朱に染めて、テーブルに肘をついている。
潤んだ金色の瞳がねっとりと俺を見つめている。
急に蠱惑的な雰囲気を醸し出す咲に俺は息をのんだ。
当然咲は人間ではなく魔物娘。刑部狸という種族だ。
魔王の統べる王国と国交が結ばれて数十年。
魔物娘は身の回りに当たり前に存在しており、彼女たちが経営する会社や店も数多い。
俺もドワーフが社長を務める工場で働いているが、咲とは同期の間柄だ。
咲の面倒見よく気さくな人柄は魅力的で、俺はたちまち惹きつけられていた。
幸いな事に咲も俺を気に入ってくれたようだ。
いつの間にか親しく付き合う様になっていった。
もっとも現状は親しい友人でしかない。咲とはそれ以上になりたいのだが……
「咲ちゃんにそう言ってもらって嬉しいね……」
好きな人に、きみと飲む酒は美味しいと言われて嬉しくないはずがない。
咲がそう言ってくれるのだ。勇気を持って関係を進めればいい。
でも、それは無理だ。できない理由がある。
幾分暗い気分になった俺は俯いた。
「そうかい。それはなによりだね。自分の店で飲むのはいささか気恥ずかしかったけど、誘ったかいがあったというものだよ。」
「え? 自分の店ってどういう……」
素直に喜ぶ咲だったが、彼女から発せられた言葉に思わず口をはさんでしまった。
「あれ? 今度うちの店で飲もうと言ったはずだったんだが。」
「いやいや! そんなこと初耳だよ。店を持ってること自体知らなかった。」
「ふうん。自分ではすっかり話した気になってたな。」
咲は意外そうにビールを口にした。俺は何度もかぶりを振る。
突然の事で驚いたが、でもよく考えれば咲は商才に長けている刑部狸だ。
店の一軒や二軒持っていてもおかしくはない。
「なるほどね。どおりでさっき困った顔をしていたわけだ。」
先ほどの俺の狼狽ぶりを思い出したのだろう。
咲はジョッキをテーブルに置くと悪戯っぽい眼差しになった。
「だって咲ちゃんの店って相当レベル高いよ。色々気にもなるさ。」
「まあ安心してくれ。私は富む者からは頂き、貧しき者には施しを、っていうのを心がけているんでね。君だったら喜んでごちそうするさ。」
「なんか耳の痛い事を言われてる気がするけど。たしかに反論できないなあ……」
咲は俺が貧乏なのを皮肉っているんだろうか。
今勤めている会社は良い所なのだが、給料が安い事だけは残念だ。
自分の薄給ぶりを嘆いてため息をつくと、咲は優しく声をかけてきた。
「おいおいどうしたんだい。私は君と一緒だったら楽しく飯を食えると言いたいだけなんだよ。」
「それはどうも……」
俺が肩をすくめると咲は楽しそうに笑う。
ちょうどその時、店員が料理をもって入ってきた。
「お待たせしました。魔界豚の角煮です。」
「お。来たな! これは君に是非食べてもらいたいんだ。」
咲は待ちに待ったとばかりに顔をほころばせる。
サキュバスだろうか? 翼と角がある店員は皿を置き、親しげに話しかけてきた。
「こんばんはオーナー。今日は彼氏さんとご一緒ですか? ラブラブで結構なことですねえ。」
「……っ!」
突然変な事を言われた俺はむせてしまうが、咲は驚きもせずにうなずいた。
「せっかくの週末だからね。気分良く過ごせる奴と飲みたいさ。」
「いいなあ…… あたしもオトコ欲しいなあ…… いいコいたら紹介してくださいよ。って
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